第16話 世はなべて事もなし (16)Fin
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期末テスト最終日の朝、ショウマが言ったとおりベトナム人が逮捕されて、監禁されていた女性たちが救い出された。援デリグループに関わっていた何人かも逮捕された。ベトナム人は関係を否定しているという。まあ、実際無関係なのかもしれないけどな。警察は仲間同士のトラブルが原因だと見ているらしい。
川口たち五人は意識不明のまま病院に運ばれ、うち三人は病院で死亡が確認されたという。まだ二人が生きているということだけど、報道の内容を見た感じじゃ、そのうち死ぬだろう。
これでこの件は一件落着。世界はすこしだけ平和になった。
最後のテストを終えたあと、あたしはカフェテリアで美奈子ちゃんとお茶をしながらしばらくおしゃべりをして過ごした。美奈子ちゃんも爆発事件のことをネットのニュースで知って、「怖いよね」なんて言っていた。あたしが関わってることは話せない。援デリ業者には気をつけようという話でごまかした。
美奈子ちゃんは午後からパパと会うという。三人の愛人のうちの一人で、あたしが知らない人だ。老舗の呉服店だかの社長だという。けっこう金払いがいいらしい。
あたしはカフェテリアの前で美奈子ちゃんと別れ、さてどうしようかと思ったのだけれど、きょうは援交の予定もないので、ちょっと屋上に出て物思いにふけることにした。
なにしろひと月もしないうちに十人も殺してしまったのだ。後悔も罪悪感もないけど、援交以上に普通ではないレアな体験をしたのだから、すこし自分を見つめる時間も必要というものだ。
階段をあがっていくと、屋上の扉が開いて恵梨香先輩が校舎の中に戻ってきた。
恵梨香先輩はあたしに気づいて「あっ」という声をあげると、いま入ってきたドアの方を振り返り、何か言いたげな顔であたしに向き直った。
「沙希……、屋上に何か用かい?」
「特に用はないですが、テストも終わったし、夏休みの計画でも考えようと思って」
「そうか……」
先輩はぼんやりと答えたあと、ためらいがちに、
「実は、その……、先週の金曜日に鳴海に告白された。その……、沙希に言われてもう一度こちらから告白しようと思っていたのだが、その前にあいつの方から、その、わたしのことが好きだから付き合ってほしいと――」
恵梨香先輩が言い終わる前にあたしは先輩を思いっきり抱きしめた。
「おめでとうございます、先輩ッ。ずっと先輩のこと応援してたんですよ。先輩なら拓ちゃんとお似合いのカップルになれると思ってました」
自然とほっぺたがほころんだ。自分のことのようにうれしかった。その気持ちは先輩にも伝わったのだろう。複雑な表情だった先輩も何か納得したように素直な笑顔を見せた。わだかまりなんて何もない。むしろ心配事が解決してすっきりした気分だった。
「ありがとう、沙希」
先輩はもう一度屋上のドアを見上げると、「じゃあ」とだけ言い残して階段を降りて行った。
屋上に出たあたしは、先輩が何をしていたのか知ることになった。打ちひしがれた岩倉くんが座り込んでいたんだ。近づくと岩倉くんは暗い顔をあげた。
「御影くん……。いまそこで恵梨香先輩とすれ違ったんだけどさ」
岩倉くんは唇をゆがめて自嘲した。覗き見してたわけじゃないとはわかってくれたろう。
「まあ、そういうことだ。最初から勝ち目なんてなかったんだ。まったく、みっともない話だ。カッコ悪いよな」
「そんなことないよ。ぜんぜんない。御影くんはすごいよ。傷つきたくないから自分に言い訳して何もしない人がほとんどなのに、きみは果敢に戦ったんだから。すごい」
あたしが笑いかけると、岩倉くんもいくらか表情がやわらいだ。
「で、お前はここで何してるんだ?」
「これからの人生についてひとりでじっくり真面目に考えてみようと思っていたんだけど……。御影くんさえよければ話を聞いてあげるよ。あたしは事情をぜんぶ知ってるんだから遠慮はいらないでしょ? ラーメンでも食べながらさ。おごってあげる」
岩倉くんは大きく息を吐き出すと、あたしが差し出した手を取って立ち上がった。
「お前、最近俺のこと下の名前で呼ぶよな」
「だって、あたしたちもう友達じゃん。あたしのことも下の名前で呼んでいいよ」
あたしが笑顔で言うと、岩倉くんは「美星はホントにいいヤツだなぁ」と泣き笑いしながら、嫌がるあたしの頭をワシャワシャした。
第16話 おわり
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