男の娘になりたい (09)
その日の昼休みまでに、学校全体の状況が明らかになった。
菜月のクラスでは男子制服で登校した男子生徒は大河を含む三人だけだったのだけれど、ほかのクラスも同じような状況で、中にはクラスの男子全員が女子制服を着ているところもあった。
二年生のクラスも同様だった。もともと二年生は一年生よりも男子生徒が少ないので男子のいないクラスもあった。しかし、きょうはほとんどのクラスで男子生徒が女子化している。スラックスタイプの制服を着た女子生徒の方が多いありさまだ。
女子に扮した彼らはたいていの女子よりも美人だった。しかし、依然として男子であることには変わりなく、ほとんどの女子生徒は好奇と憧憬の目を向け、身近にいても手の届かないアイドルのように愛でた。
そんな感じで、どこのクラスでも女装した男子生徒たちはすんなりと女子に受け入れられてしまった。
菜月は歩夢のことがあるから、この新学期に大きく変化した学校の様相に戸惑ったままだった。けっきょく歩夢には謝罪の言葉を伝えることができないまま、うやむやになってしまい、といって好きだという気持ちを伝えることもできないままだった。
そのまま二週間あまりがすぎた。
「あんた、まだ歩夢ちゃんとギクシャクしてんの?」
彩乃にあきれた口調で言われた菜月は、カツサンドを手にしたままカフェテリアのテーブルに突っ伏した。
昼休み、菜月は彩乃とふたりでランチを取っているところである。カフェテリアは女子生徒たちで賑わっていた。スラックス姿の女子も次第に増えているけれど、スカートを穿いている男子がそれ以上に多い。
「『歩夢ちゃん』じゃなくて『歩夢くん』なのに。あの子、すっかり女の子が板についちゃってさ。クラスでもふわふわ系女子のグループにいるから、あたしとあんまり絡む機会もないし」
「菜月はグループとかそういうの気にするタチじゃないくせに。逃げてるだけじゃん」
「うう、そんなこと言ったって……」
日替わり定食の彩乃は面白そうに菜月を見ながら、箸で裂いたカニクリームコロッケの一切れを口に入れた。
「歩夢ちゃんは、自分は女の子だ、って言ったんでしょ? なら、そういうことなんでしょ。それを認めた上で菜月がどうするかよね」
「どうするかって、どうしようもないじゃんか」
「あんた、なに弱気になってんの。むしろ絶好のチャンス到来じゃん。歩夢ちゃんは体は男でも心は女の子。そして菜月は女子にモテモテのレズキラー。あんたの魅力は女子相手にしてこそ発揮されるんだよ」
「他人事だと思って好き勝手に言ってくれるわね。それに、歩夢は恋愛対象になるのは男子だって言ってたし」
「恋愛絡みだと弱気になるのは菜月の悪い癖だよ。歩夢ちゃんが言ったのは、心が女の子だから男を好きになるのが普通だ、ってことでしょ? それって、ボクは男が好き、ってのとはぜんぜん違うじゃん」
菜月はピンとこない様子で彩乃を見つめた。
彩乃は「やれやれ」という表情で微笑んだ。
「歩夢ちゃんは性自認は女だけど、性的指向については自分でもまだ分かってないってこと。菜月が思ってるより恋愛は自由なものだよ。女子が同じ女子を恋愛対象にしたって構わないんだし、実際それはよくある話。菜月がいちばん分かってるはずでしょ」
「彩乃は彼氏いるから平気でいられるんだよ。同性の子から恋愛対象として見られるなんて、彩乃だってイヤでしょ」
「わたし、女の子同士でキスしたことあるよ」
まるで、原付免許取ったよ、とでも言うような口調で彩乃が言うものだから、菜月は目が点になった。
「それって、子供の頃にほっぺにチュッってやつ――」
「じゃなくて、高校生になってから舌を絡ませ合う濃厚なやつ。いやいや、ドン引きしてるけど、女子同士でキスなんてフツーだって。もえぎ野は同性愛の女子だってけっこういるし」
けらけら笑う彩乃の様子に、さすがに菜月も自分がお硬い性格すぎるんじゃないかと思えてきた。
もっともそれで問題が解決するわけじゃない。菜月はため息をついて、カツサンドを力なく頬張った。
「ところで、もうじきバレンタインデーなわけだけど」
と彩乃が話題を変えてきた。
「あたし、歩夢に告白なんてムリだから」
「そうじゃなくてさ、今年は校内へのチョコの持ち込みを禁止するって、長谷川さんが動いてるらしいのよ。なんでも、バレンタインデーに女子が男子にチョコを贈るのは男尊女卑になるからだって言い張ってるらしい」
[男の娘になりたい]
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