拓ちゃんに犯されたい。
朝になるまで犯されつづけたい。
そしてあしたになれば、拓ちゃんはあたしを嫌いになって、もっとふさわしい女の子と結ばれる。恵梨香先輩のようなすてきな女性と。
拓ちゃんの手があたしの乳房をつかんだ。
その手がすっと離れた。
拓ちゃんが唇を離した。目を開けると、拓ちゃんが戸惑いの表情であたしを見ていた。
「沙希……」
気がつくと、あたしは震えながら泣いていた。熱い涙が後から後からあふれてくる。
両手で顔を覆ってしゃくりあげた。
「沙希、ゴメン……。俺は……」
拓ちゃんが体を起こして、あたしから離れた。
それでますます涙が止まらなくなった。胸が痛い。本当に胸がぎゅうっと締め付けられるように痛い。あたしは体を横向きにして折り曲げると、胸を押さえた。涙が拓ちゃんの枕に染み込んでいく。
『大きくなったら拓ちゃんのお嫁さんになる』
確かにそんなことを言ったことがある。性のことなど何も知らなかった幼い頃。
拓ちゃんがあたしを好きだと言ってくれたのに。
告白してくれたのに。
拓ちゃんが手を伸ばしてあたしの肩に触れた。
「触らないでッ」
泣きながらかすれた声で言うと、拓ちゃんがあわてて手を引っ込めた。
あたしは転げ落ちるようにベッドから降りると、よたよたとドアに向かった。拓ちゃんがうしろで何か言ったけど、よく聞き取れなかった。部屋を出ると、ありがたいことに拓ちゃんは追いかけてはこなかった。
自分の部屋でふとんの上に倒れこんだ。からだを丸めて、声を押し殺して泣きつづけた。ふとんに顔を押し付けてがんばったけど、たぶん拓ちゃんにはあたしの泣いている声が聞こえているだろう。
ゴメン、拓ちゃん。
拓ちゃんのことが好き。
お嫁さんになりたい。
――でも無理だから。
あたしという女の子の深いところが、拓ちゃんを受け入れることを拒んでる。子供の頃のあたしのままだと思い込んでいる拓ちゃんに抱かれることを許さない自分がいる。本当のあたしを知られたあとで娼婦として抱かれるなら構わない。それがあたしに望むことができる最大のしあわせだ。でも、拓ちゃんがそんなことする人じゃないのも知ってる。だましつづけることはできない。だったら……。
あたしにはもう何の希望もないじゃん。
眠れないまま明け方になってしまい、だるい体を無理に動かして階下に降りた。あたしは叔母さんを手伝って朝ごはんの準備をした。そして、拓ちゃんが起きてくる前に、叔父さんと叔母さんに言うべきことを言った。
「この家の子にならないかと言ってくれたことは、すごくうれしかったです。でも、あたしにはできません。だからゴメンナサイ。叔父さんたちの娘にはなれません。それと、この家にお泊りにくるのもやめます」
「もしかしてわたしたちは沙希ちゃんを傷つけてしまったのかしら?」
「ちがうんです。叔母さんたちにはすごく感謝しています」
何か言おうとした叔父さんを制して叔母さんがあたしの手を握った。
「沙希ちゃん。わたしたちはいつでもあなたの味方です。たとえどんなことがあっても。つらいときはいつでも頼ってきてね。あなたのためにドアは開いているから」
「ありがとう、叔母さん」
あたしは拓ちゃんがまだ寝ているうちに家を出た。ひょっとしたら拓ちゃんはあたしと顔を合わせづらくて部屋から出てこなかったのかもしれない。拓ちゃんからしてみれば、幼なじみの女の子を襲ってむりやり唇を奪ったことになるのだから、気にしてないわけがない。でも、あと何時間かすればそんな心配は無意味だとわかるはずだ。
午前中はアリス喫茶のウエイトレス役を一所懸命にやった。
楽しかった時間はこれでおしまいだ。
正午になる直前、あたしはひとり屋上に出てメールを書いた。
『脅迫者さんへ。あなたの要求には従いません。卑劣な脅しに屈したりしません。写真を公開するというのなら、どうぞご勝手に。拓ちゃんがあなたのような子を好きになるはずありません。あなたの望みがかなえられることはありません。残念でした。ひとつだけこちらからあなたに要求があります。写真をどこで手に入れたのか教えてください。公開すればかならず警察沙汰になります。あたしはあなたに脅迫されたことを警察に言います。警察が調べればあなたがどこの誰なのかすぐにわかりますよ。残りの人生を平穏に送りたいなら、写真の出所を言いなさい』
もう躊躇はない。メールを送信して、そのまま返信がくるのを待った。
[援交ダイアリー]
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