『むりやりホテルに連れて行かれてレイプされました。何度も叩かれて、乱暴に犯されて、お金も取られました。泣き寝入りするしかないです。あたしみたいな子はセックスの道具になるしかないです。けど、道具でもいいからいたわってほしいです。愛されたいです。ヤリ捨てされる生ゴミはイヤです。こんな人生ならもう死にます』
事実とはちょっと違うけど、このくらいは方便だ。
死にたいと言ったらギリさんはきっとあたしのことをうんと心配してくれる。
死ねたらいいと思う。もともと生まれてくるべきじゃなかったんだ。だけど死ぬのは怖い。誰にも愛してもらえずにひとりぼっちで消えていくのは怖い。
メール送信。
手袋をはめて、寒さに震えながら足元の地面を見つめた。
ギリさんと知り合ったのはSNSのコミュニティでだった。そこは心に傷を負った女性が多く集まる場所で、あたしは中学のとき学校で輪姦された過去から立ち直れない苦しみを書いていた。それでギリさんからメールをもらった。何度かやり取りしてみて、いい人だと思ったので直メに切り替えさせてもらった。いつもギリさんは親身になってあたしの話を受け止めてくれた。
援助交際とは無関係な付き合いだ。援助交際してることは黙ってた。お互いセックスすることが目的じゃない。だから、いろんなことを素直に相談できたんだ。
返事はすぐに来た。
『沙希ちゃんは何も悪くないよ。酷い目にあったね。相手の男はとんでもない奴だね。死にたくなるよね。沙希ちゃんのことが心配です。沙希ちゃんに生きていてほしい。ぼくはいつでも話を聞いてあげるから』
涙がぽろぽろこぼれた。
ギリさんはいつもやさしい言葉でなぐさめてくれる。けど、きょうのあたしはいつも以上のなぐさめを必要としていた。
『ギリさんの声が聞きたい。電話で直接話したい。ダメですか?』
そこまで入力して考え込んだ。電話番号はまだ教えない方がいい。メールに番号を書けばギリさんは電話してくれるだろうけど、迷惑かもしれない。あたしは相手に依存するタイプじゃない。むしろ一匹狼だ。ギリさんが電話してもいいと言ってくれるまで、甘えるわけにはいかない。
ちょっとためらってから、自撮り写メを付けることにした。腕を伸ばしてケータイをやや右上に掲げる。上目遣いでちょっと寂しげな表情を作った。ピースサインなんかはしない。暗いからフラッシュを使ったけど、まあまあかわいく見える写真が撮れた。
送信後しばらくしてギリさんから返ってきたメールは予想もしない内容だった。
『電話より直接会ってお話しませんか? いまの沙希ちゃんにはそれが必要だと思う』
電話番号と写メが添えられていた。ハンサムで誠実そうなおじさんだ。
やさしかった頃のお父さんに似ている。
あたしはケータイを抱きしめるように胸に当てた。
希望の灯が胸の奥にともるのを感じた。
会ってみたい。
ギリさんだったらきっとあたしの力になってくれる。
すぐさま電話をかけた。呼び出し音は二回鳴っただけだった。
『はい、カタギリです』
ギリさんの声。包み込まれるような低音だ。
「沙希……です。ギリさん……」
『沙希ちゃん。ギリです。電話してくれてうれしいです。かわいらしい声ですね。写真も見ました。とても美人な方だったので驚いています』
「そんなこと……。さっきだって男に犯されたばかりで、あたしなんか汚れてます」
ギリさんはすこし間を置いて、
『沙希ちゃん、メールでも書きましたが、ぼくはきみのことが心配です。きみは汚くなんてない。大丈夫。ぼくはきみに会いたい。ぜひ会ってください』
口調はやさしいけど、有無を言わせぬ力強さ。あたしはちょっと強引なくらいな人に弱い。目の前でギリさんに『お前は大丈夫だ』って言ってもらえたら、自分でも『あたしは大丈夫だ』って信じれるかもしれない。もうすこしだけ生きていく力が出るかもしれない。
「会いたい。ギリさんに会いたいです。いまから会ってくれますか?」
『残念だけど、いま地方に来ているんだ。明朝には東京に戻るから、明日の晩なら会えるよ。それでどうかな?』
「そんなぁ……」
がっかりした。けど、わがまま言うつもりはない。会ってくれるだけでうれしい。
あたしは努めて明るい声を出した。
「わかりました。明日の晩ですね。えへへ、早く会いたいよ、ギリさん」
『うん、沙希ちゃんに会いたい』
あたしたちは待ち合わせの時間と場所を決めた。もっと話していたいけど、それ以上の何を話せばいいのかわからない。だけど電話を切るのが名残惜しくて、しばらくのあいだ互いの名前を意味もなく呼び合い、『会いたいね』を言いつづけた。
[援交ダイアリー]
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