脱がせ鬼(04)
脱がせ鬼は剥ぎ取ったふんどしを打ち捨てました。
そして、全裸に剥かれたわたしのからだを何十という手がまさぐりはじめました。
「パンツ……、ブラジャー……、ドコ……」
乱暴に乳房を握られました。
愛液があふれるアソコに指を挿れられました。
お尻の穴にも指を挿れられました。
脱がせ鬼はわたしのブラジャーとパンツを探しているのです。
もう全裸にされてしまったのに……!
さきほど電話で聞かされた話が脳裏に蘇ってきました。
ノーパン、ノーブラの女性が脱がせ鬼に襲われたらどんな運命が待っているのか。
体を引き裂かれ、はらわたを掻き出され、生きたままミンチにされる……。
(こ、殺される……)
わたしは半狂乱になってジタバタと体を揺らしました。
(そういえば、脱がせ鬼を追い払う呪文があるって言ってた。どんな呪文だった……?)
思い出せそうで思い出せません。
思い出せても、口をふさがれていて、呪文を唱えることができません。
そのとき脱がせ鬼がわたしの口を無理やり開けようとしてきました。
口の中にパンツを隠しているとでも思ったのでしょうか。
わたしは夢中になって、脱がせ鬼の指に思いっきり噛みつきました。
一瞬だけ、脱がせ鬼がひるみました。
呪文! さっき聞いた呪文の言葉がはっきり思い出されました。
ありったけの力を振り絞って叫びました。
「がんばり入道ホトトギスッ!!」
脱がせ鬼の握力が弱ったかに思えましたが、しかしそれだけでした。
「ケケケケッ」
嘲るような薄気味悪い笑い声。
(なによぉ! 呪文なんてぜんぜん効かないじゃないのよォ!!)
でも、わたしをつかまえている脱がせ鬼の手がすこしだけ緩んだのも確かです。
わたしはヒールサンダルを履いた足で、脱がせ鬼の頭を蹴りつけました。
バスケットボールを踏んづけたような弾力がありました。
さすがにこれは効いたのか、脱がせ鬼はわたしを取り落しました。
しかし、地面に落ちたわたしをすかさず取り押さえようとしてきます。
胸を押さえつけ、腹を引き裂こうとしてきました。
そのとき、自由になった右手が何かに触れました。
防犯スプレー。
呪文なんかよりよっぽど頼りになる強力アイテム。
それを脱がせ鬼の顔面らしい場所めがけて噴射しました。
蹴ったときに手応えがあったので、防犯スプレーも効き目があるだろうと思いましたが、効果てきめんです。
脱がせ鬼は悲鳴に似た声をあげて真っ赤な目を覆いました。何本もの手を振り回して、スプレーのガスを振り払おうとしています。
わたしは一目散に駆け出しました。走りにくいヒールサンダルを脱ぎ捨て、全裸のまま脇目もふらず全速力で逃げました。
背後で脱がせ鬼が怒り狂った咆哮をあげました。
「パンツゥー、ブラジャァー、パンツゥー、ブラジャァー」
声がだんだん近づいてきます。
追いかけてきたんです。
捕まったらこんどこそ殺される。
わたしは呪文を叫びながら必死に走り続けました。
そのとき、前方に明るい光が見えてきました。
ひと気の失せたこの異界に、不自然なほどの日常性をもって煌々と輝くそれ。
コンビニの明かりでした。
すぐ後ろに脱がせ鬼の気配が迫っています。
コンビニはすぐそこ。あと十メートル、あと五メートル、あと――。
とうとう、わたしはコンビニにたどり着き、息も絶え絶えでドアを開け、中に駆け込みました。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
バイト店員がこんなときでもマニュアルどおりの挨拶をしました。
血の気の失せた全裸の若い女性が駆け込んできたというのに。
「助けて……、お化けが……、脱がせ鬼が……」
レジの前に倒れ込み、ゼエゼエと息を切らして、声も出せない状態で背後を振り返ると、脱がせ鬼の姿はありませんでした。
逃げ切れたのかどうか、はっきりとは分かりません。
わたしはそこで気を失いました。
[脱がせ鬼]
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