第10話 止まった時間 (02)
お父さんはこれまでラブドールをわたしに見立てて、妄想の世界に浸っていた。罪の意識から、もう生身の人間とはセックスしないつもりでいたんだ。
もなかさんとあずきさんは、お父さんが大人の女性とセックスできるようにと、夏目おじさんに雇われた。でも、お父さんはふたりとセックスしようとはしなかった。あずきさんはもなかさんのことが好きで、たぶん、もなかさんもあずきさんのことが好き。ふたりとも、お金のためにお父さんとセックスするのはイヤだったはず。
わたしはといえば、早く初体験をしたかったし、お父さんだったら相手として申し分ないと思った。最初のセックスのときは、まだお父さんだとは知らなくて、おじさんだと思っていたわけだけど。
ぜんぶうまくいくと思ったんだけどな。
初体験はできたけど、ほかは何も変わらない。もしかしたら、前より悪くなってるのかも。お父さんはわたしのことを愛していると言ってくれた。ママの代わりなんかじゃないって言ってくれた。ベッドでわたしとセックスしながら、そう言ってくれた。お父さん自身もその言葉を信じていた。
でも、本当に好きなのはいまでもママなんだ。お父さんの心はママに縛られたまま。お父さんもそのことに気づいてしまったんだ。
わたしじゃお父さんを助けられないのかな。
ママだったら、どうするだろう。
ケータイを取り出して、ママの番号を表示させた。今回のことではママも当事者のひとりだ。ママに相談するのはちょっと違う気がする。
だけど、相談できるのはママしかいない。
わたしはため息をついて、電話をかけた。ママはすぐに出てくれた。
「ママ……」
なんて言ったらいいかわからなくて、言いよどんだ。
不意に気がついた。わたしが本当に戸惑っているのは、お父さんのことじゃない。お父さんを想う自分の気持ちが急激に変化していることについてなんだと。
お父さんのことはキライじゃないし、愛しく想う気持ちは変わらない。だけど、好きって気持ちの内容がきのうまでと違っている。自分の気持ちがはっきりわからない。こうしているあいだにも、どんどん気持ちが変化していくように感じる。
「莉子……? どうしたの?」
「うん……」
ママはわたしが話し始めるのを待っている。
考えた末に、わざと明るい口調で、
「ねえ、ママ。ママは中学一年生のときに実のお兄さんと初体験したんだよね。そのとき伯父さんとは恋人同士だったの?」
ママはわたしの真意を探るように間をおいた。
「うーん、どうなのかな。もともと仲良しだったし、ふたりの関係が大きく変わったって感じはなかったわね。夜は同じベッドで寝るようになったけど。まあ、学校の友達とかから見たら恋人同士に見えただろうね」
「でも、別れたんだ……。うまくいかなかったの? 血がつながってるから?」
「そうじゃないわ。わたしと兄さんは愛し合っていた。別れたあともずっと。ママと兄さんが別れたのはね――」
ママはすこしもったいつけて、
「もっといろんな人とセックスしてみたかったからよ」
「身も蓋もない話ね」
ママは笑った。
「恋人同士でなくなったって、家族の絆が切れるわけじゃないわ。だから――」
「うん、わかってるわ、ママ」
それからしばらくママとおしゃべりしてから電話を切った。
結局、お父さんとのことは話さなかった。ママも何も言わなかった。
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