第11話 恋のデルタゾーン (07)

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「やあ、沙希。それと……岩倉くん、だったね。なるほど、きみたちだったのか」

 恵梨香先輩はうれしそうにニコニコしながら言った。

 何がなるほどなのかと思って時田さんの方に目をやると、時田さんは苦笑して、

「久しぶりだね、美星さん。いやなにね、図書室でものすごい美少女と美少年のコンビが本の貸し出しをやっていると噂になっていたものだからね、岡野がどうしても見物に行きたいと言って聞かなかったんだよ」

「と、時田、それはナイショで――、コホン、つまり生徒会として噂の真偽をだね……」

 とんでもない噂もあったものだ。まあ、妙な視線を感じるとは思ってたけど。

「でも、沙希と岩倉くんなら噂になるのもわかる」

「あたしなんて恵梨香先輩より下位ランクですよ。岩倉くんは確かに一部の女子の妄想ネタにされちゃうくらい美少年ですけど。あ、岩倉くんとも知り合いだったんですね」

 言いながら岩倉くんの方を見ると、岩倉くんは例の最新兵器図鑑から目を離さず、

「一年のときは学級委員だったからな。それで学校行事の打ち合わせとかで」

 と、素っ気なく言った。そのセリフに続きがあるだろうと思って待っていると、岩倉くんは顔をあげ、恵梨香先輩と目が合うと、さっと視線をそらしてしまった。

(なんだ、いまのカワイイ反応は!? 耳まで真っ赤にして)

 きれいなお姉さんを前に照れて好き避けする男子中学生かよ。

「噂の真相も分かったことだし、岡野、生徒会室に戻るぞ。邪魔したね、ふたりとも」

 時田さんに腕を引っ張られて、恵梨香先輩は図書室から去っていった。そんな恵梨香先輩の後ろ姿を岩倉くんは名残惜しそうに眺めていた。

「おやおや? 岩倉くんは生徒会長のことが好きだったのかなぁ?」

 と、あたしがからかうと、岩倉くんはムスッとして、

「悪いかよ。だけど、岡野先輩は俺の名前もうろ覚えだったみたいだし、最近、鳴海先輩と噂になってるのは知ってるが、俺なんてただのモブだ」

 あっさり認めるとは思わなかった。こういうところは岩倉くんのいいところだな。

 恵梨香先輩は去年のクリスマスイブに拓ちゃんに告白した。でも拓ちゃんは「いまは誰とも付き合う気になれない」といって断ったそうだ。告白のほんの二時間前に拓ちゃんはあたしとセックスしてあたしの秘密を知ってしまったんだから無理もない。もうすこし時間が必要なんだ。いつか恵梨香先輩が再チャレンジして恋を実らせてくれたらいいと思う。あたしは恵梨香先輩を応援したい。

 とはいえ、だから岩倉くんに諦めろなんて言うつもりもない。

 恋は戦いだ。戦って勝ち取るものだ。

 ――まあ、たぶん恋ってそういうもののはず。

「岩倉くんさぁ、なに弱気になってんの。最初は誰だってモブだよ。名前がうろ覚えだっていうなら、まずちゃんと覚えてもらえばいいじゃん。毎朝登校中を待ち伏せて挨拶するとかして。勇気さえあれば話しかけるチャンスなんていくらでも作れるよ。同じ学校にいるだけで断然有利なんだって思わなきゃ。あと、生徒会長はいまのところ付き合ってる彼氏はいないよ。好きな人はいると思うけど、岩倉くんの努力次第じゃないかな」

 岩倉くんは口をへの字に曲げて、

「美星って、教室では猫かぶってるよな。岡野先輩や小川みたいな有名人となかよしだし、俺とは普通に話すのに、クラスではおとなしそうに振る舞ってるっていうか」

「別に猫かぶってるつもりはないけど、目立つのヤダから。でも、岩倉くんとはなんかフツーに話せるんだよね。出会いがひどかったからかな。いきなり押し倒されて胸を揉みしだかれたんだもん。エッチだなぁ、きみは」

「最初に会ったときは美星が俺を押し倒したんだろーがッ。ふん、もうすこし性格がよけりゃもっとモテるだろうにな。見た目だけは校内でも有数の美少女なんだから」

「お互いさまだよ。岩倉くんだって相当口が悪いくせに。生徒会長にアプローチする前にもうすこしデリカシーを身に着けたほうがいいね」

 初めて会ったとき、こいつはあたしのことを重い女だとか軽い女だとかさんざんなことを言ったのを思い出す。あのときはこんなふうに軽口を叩きあう仲になるとは思わなかった。美少年で裏表がなくて、口は悪いけどやさしくて、ちょっと子供っぽいところがあって、恋愛についてはウブ。こうして毎日ふたりで当番をこなしていると、岩倉くんのいろんなところが見えてくる。この人の恋を応援することはできないけれど、この人が悔いを残さないようにできたらいいな。

 四日目、毎週木曜は放課後に図書委員会があるので、ほかのクラスの委員も図書館で作業している。でも、あたしと岩倉くんはいつもどおりのカウンター業務だ。つまり、たいしてすることはない。で、あたしは進路調査票を前にしてウンウン唸っていた。進学する気はないけど、さりとて進路に風俗嬢と書くわけにもいくまい。

「美星、まだ提出してなかったのか。俺、もうとっくに出したぞ」

「岩倉くんはどこでも好きな大学に行けるんだろうね。普通科じゃ成績トップクラスだし。特進でもやっていけたんじゃないの?」

 岩倉くんのいじわるに嫌味で返した。すると、

「俺は日本の大学なんて行かねーよ。行っても意味ねーし」

 と、岩倉くんはとんでもないことを言い出した。

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