第10話 止まった時間 (03)
仕事を終えたもなかさんが部屋にきたときには、すこしまどろんでいた。眠い目をこすりながら顔をあげた。
「起こしてしまいましたか?」
「ううん、ママと電話で話してたの」
もなかさんは横に腰を下ろして、わたしの髪をなでた。お風呂上りのいい匂いがした。身につけているのはTシャツとパンツだけ。メイド服を着ていると着痩せして見えるけど、うっとりするほどグラマーな体つきだ。
「お父さんは大丈夫?」
「ええ、心配いりませんよ。お腹をすかせているでしょうから、あずきがお夜食におにぎりを作って部屋にお運びしました。お嬢さまは大丈夫ですか? さぞ、ショックだったでしょう?」
「わたしなら平気です。もなかさんこそ、あのユキさんって子のことはご存知だったんですか?」
「直接には知りませんでした。でも、小学生の女の子と、なんというか、不適切な関係だったことは以前から夏目さまに聞かされていましたから。栄寿さまが過ちを犯した女の子のほとんどは行きずりの相手でしたが、最初の女の子とは一年ほど交際していたそうです。それがあの少女だったのですね」
もなかさんはわたしに添い寝して、後ろからそっと抱きしめた。
「お父さんはユキさんにひどいことをしたのかな」
「詳しいことはわかりません。でも、栄寿さまがあの女の子を傷つけてしまったのは事実なのですわ」
「もなかさんはお父さんのことを好きでいてくれる? お父さんに仕えるのがイヤにならない?」
「イヤだと思ったことなどありませんよ。わたくしもあずきも栄寿さまのことを好いています。このあいだ、そう申し上げたではありませんか」
「お父さんは小学生の女の子にエッチなことをするような人よ」
「暴力や脅迫で無理強いしたのではないでしょうし、心にもないウソをついて騙したのでもないと、わたくしは信じています。そんなふうに女をもてあそぶには、あの方は繊細で優しすぎますから。だから、間違いを犯してしまったのでしょう」
「わたしとお父さんがセックスしたことも間違いだったと思ってる?」
「質問ばかりですね。後悔していらっしゃるのですか?」
わたしは体をひねって、もなかさんのほうを向いた。もなかさんの豊かなバストが鼻先にせまった。
「後悔なんて、あるわけない。お父さんのことを愛しているわ。愛し合ってるから結ばれた。好きなんだからセックスしたいと思うのは当然だわ。初恋だったんです。だけど……、お父さんは叔父さんと姪の関係に戻ろうって言った」
わたしはもなかさんの胸に顔をうずめた。
「栄寿さまはお嬢さまのことをきらいになったわけではありませんよ」
「そういうことじゃないの。問題はわたしの気持ち。よくわからなくなってしまったのよ。恋だと思っていたのに、いまはそう思えなくなってるんです」
「ユキさんのことを知って、栄寿さまのことをキライになってしまわれたのですか?」
「それも違うわ。お父さんのことは大好きよ。ただ、ちょっと『好き』って気持ちの内容が変わってしまったみたいなんです。わたし、失恋したのかな」
もなかさんはわたしを両腕でかかえるように抱いて、背中をぽんぽんと軽くたたいた。もなかさんに答えを求めたわけじゃない。わたしの気持ちなんてわたしにしかわからないのだし、わたしが自分で答えを出さなきゃならないんだ。
「わたくしには四歳年上の姉がひとりいるのですよ」
しばらく黙ったままだったもなかさんが、静かな口調で話しはじめた。
Copyright © 2011 Nanamiyuu