夏をわたる風 (05)

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「ほかに好きなひとがいるの?」

佐賀の問いに優奈は首をぶんぶん振った。

「じゃあ、ぼくのことが嫌いなんだ」

「違うんです!」

自分の大声にびっくりしたように優奈は黙り込んだ。顔が真っ青だ。

「好きでも嫌いでもないっていうなら、試しに付き合ってみようよ。お試し期間ってことでいいんだ。友達以上恋人未満の関係で。チャンスをくれないかな。それでぼくのことが気に入らないというなら、断るのはその後でいいじゃない」

佐賀は食い下がった。

(なんつー、あきらめの悪いヤツだ。しかし、あの押しの強さは留美も見習ったほうがいいな)

(お前、優奈と佐賀のどっちの味方なんだ)

しかし、優奈は気分が悪そうに震えながら、

「ごめんなさい。わたしは圭一くんの友だちにもなれません。もし、いままでわたしが圭一くんに気のある素振りを見せていたんだったら謝ります。もう圭一くんと話すのもやめます。だから……」

「それって、どういうことだよ?」

佐賀が一歩踏み出すと、優奈が後ずさった。

友だちだと思っていた相手から告白されたことでそれまでの関係が壊れてしまう、ということは世間にはよくある話なのだろう。自分がいま見ているのは、まさにそういう場面なのだろうか、と留美は息をするのも忘れてふたりを見つめた。

「意味がわからないよ! どうしてぼくとはもう口も聞かないなんて言うのさ」

佐賀は納得いかない様子で声を荒らげた。

優奈が小さな悲鳴を漏らして逃げ出そうとした。その優奈の手を佐賀が掴んだ。

そのとたん、優奈は恐怖に顔を歪めて、がたがたと震え始めた。

「は、放してください」

「いやだ。わけを話してくれなきゃ放さない」

優奈は息ができないのか口をぱくぱくさせた。なんとか佐賀の手を振りほどこうと、弱々しく腕を揺する。そのまま震えていた膝が折れ、芝生の上に崩れ落ちた。

(あの野郎!)

と、さやかが立ち上がって、生垣をひらりと飛び越えた。

一瞬遅れて留美も立ち上がった。胸の高さまである生垣をどう飛び越えようかと少しためらったあと、細い枝に足をかけ、ポキポキとへし折りながらなんとか乗り越えた。

さやかが佐賀を突き飛ばして、

「おい、優奈から離れろ! このチカン野郎!」

不意を突かれた佐賀が優奈の手を離した。よろめきながらも踏ん張って、突然現れた女子生徒に不快感をあらわにした。

「なんだ、君は」

「うるせーっ、力づくで女をモノにしようとしやがって。告白して断られたんだから潔くあきらめな!」

「ぼくはただ話をしていただけだ」

「言い訳すんじゃねーよ。見苦しいぞ」

さやかはキックボクシングのポーズをとって、佐賀を威嚇した。佐賀は荒事は苦手なのか、それとも相手が女子だからなのか、抵抗する様子を見せなかった。

留美は佐賀をさやかにまかせて、倒れた優奈に駆け寄った。

優奈はひきつけを起こしたように体を硬直させ、小刻みに震えていた。目はひらいているが留美の顔は見えていないようだ。いまだに佐賀の手を振り払おうと、自由にならない体をじたばたさせているように見えた。

「優奈、しっかりして。わたしだよ」

「やだ、やだ、放してよ。触らないで」

優奈は怯えていた。逃げようともがく優奈を、留美はどうしたらいいかわからなかった。ぎゅっと抱きしめて、

「大丈夫、もう大丈夫だから。安心して」

客観的に見て、佐賀が優奈に襲いかかったわけではないのは確かだ。多少、興奮気味だったのは否めないが、優奈をこれほど怯えさせるような行為はなかった。

優奈はパニックを起こしたまま、留美の腕を引っかいた。留美は優奈を放すまいと腕に力を入れた。

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