着ていた服とハンドバッグを手提げ袋に入れ、通りに出た。メガネをかけていれば誰にも意識されないと思っていても、やっぱり恥ずかしい。ものかげに隠れたい気持ちを押し殺して小走りに駅のコインロッカーまで行き、手提げ袋をあずけた。ケータイも財布も、自分の身元を示すものはすべてコインロッカーの中に入れた。ロッカーのキーはなくさないよう、キーホルダーをヒールサンダルのアンクレットストラップに通して、足首に付けた。
飲食店やブティックが並ぶ繁華街へと向かった。ウインドーショッピングをしながら歩く。最初は緊張してうまく歩けなかったけれど、現実に誰にも見えていないんだと納得できると、だんだん慣れてきた。
ガラスにうつった自分をながめた。気持ちに余裕が出てきたせいだろう。さっき試着室で見たときと違って、本当の美人のように見えた。ポーズを取ってみる。ドレスで強調されたバスト、ぷるんとしたヒップ、長くて形のよい脚。男好きのする体だとフーコに言われたことがある。確かにそうだ。
ブラジャーをしていないので、歩くと胸が揺れる。ドレスの丈は股のあたりまでしかない。少しでもかがむとお尻が見えてしまうだろう。それでなくてもサイドのスリットのせいで歩くたびに脚の付け根あたりまでがチラチラと見えてしまう。
誰も気づかない。すれ違う男の人たちはわたしにすこしも注意を向けない。
もしも、いまメガネを取ったらどうなるだろう。
男たちはわたしをどう見るだろう。
怖いけど、好奇心のほうが勝った。危なくなったらすぐメガネをかければいいのだ。
わたしは歩きながらメガネに手をやった。
てのひらが汗で濡れてる。ドキドキする。
前から二十代半ばくらいの男性数人のグループが近づいてきた。
わたしはタイミングをはかって、メガネを取った。
その瞬間、彼らの視線がわたしに突き刺さった。全員の目がわたしに釘付けだ。わたしの全身を舐め回すように見ている。わたしは男たちを意に介さぬふうをよそおって、すぐ横をすり抜けた。全員が立ち止まって、すれ違うわたしを見ていた。
わたしは止めていた息を吐き出した。頭がくらくらするような陶酔感。気持ちが高揚する。笑いが込み上げてくるのを必死に噛み殺した。
気がつくと、道行く男たちが全員わたしを見ていた。
いやらしい目で見られている。
風俗嬢のように見えているのかもしれない。
ナンパされたり痴漢されたりするのは嫌でたまらなかったけど、いまは見られるのが快感だった。自分の意志で悩殺ボディを見せつけているのだ。もっともっと見て欲しい。たっぷり視姦させてあげる。
こんな気持ちになるなんて予想もしなかった。ハイになってる。いまのわたしは多分正気じゃない。
大通りに出た。赤信号で立ち止まる。このまま歌舞伎町方面に進んでいくのはさすがに怖い。そろそろメガネをかけたほうがいいかな、と思っていると、背後から声をかけられた。ビクッとして慌ててふりかえると、四十歳くらいの男性がわたしを見ていた。茶色のスーツにノーネクタイ。中肉中背で、短く刈った髪に優しそうな顔。渋いイケメンだ。さっそくナンパか。
「ちょっとお話いいかな? すごくきれいだね。大学生?」
手に持ったメガネの感触を確かめる。大丈夫だ。怖くない。
「いえ、小さな会社で事務をしてます」
「そっかー。芸能関係の仕事に興味ないかな。きみ、すごく美人でスタイルいいし。デビューしたら人気出ると思うよ。実はぼく、そっち方面の仕事してるんだけど。まあ、実際はアダルトビデオなんだけどね」
[目立たない女]
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