あたしは白のタイトミニのスーツに、薄いベージュのストッキングをガーターベルトで吊って、黒縁の伊達メガネと大粒真珠のネックレスを付けてきていた。女教師っぽい感じにしてみたけど、キャバ嬢っぽく見えるかもしれない。コートを着てきたから、来る途中で変な目で見られたりはしなかったけど。
松田夫人に案内されて二階にある快斗くんの部屋まで行った。
「快斗、きょうからきてもらう新しい先生の沙希さんよ。沙希さん、お願いしますね」
そう言い残して夫人は階下に降りていった。
あたしが部屋に入ると、快斗くんは机に向かったまま首だけをまわしてあたしを見た。
「こんにちは、快斗くん。新任家庭教師の沙希先生よ。よろしくね」
「え……? あ……、よ、よろしく……。えっと……」
快斗くんはあたしの太ももを一瞬だけ見た。次に顔を見た。すぐに目をそらす。今度は胸から腰に視線を走らせた。目を伏せるフリをしてあたしの足首をチェック。それから恥ずかしそうに横を向いた。
思ったとおりだ。この子は同性愛者じゃない。
あたしは快斗くんに歩み寄った。椅子に座ってる快斗くんの背中に覆いかぶさるように体を寄せる。童貞クンには刺激の強いフレグランスをつけてる。快斗くんがドギマギするのが手に取るようにわかった。
「あたしの担当科目、お母さんから聞いてる?」
「き、聞いてないけど……。現国……?」
「もっと楽しい科目よ。性、教、育。いっしょに勉強、がんばろっ」
言いながらそっと快斗くんの肩に手を置き、息がかかるほど顔を近づけた。
快斗くんは熱湯を浴びせられたかのように飛びずさり、椅子から転げ落ちた。
「ななな、なに言ってんだよ!? 性教育? 何の冗談だ。わけわかんねーよ!」
「うふふ、純情だね、きみ。女の子に触れられたことないの?」
「そんなこと、どうでもいいだろ!」
あたしは上着を脱いでベッドに置き、そのままふとんの上に寝そべった。まくらに顔をうずめて匂いをかぐ。
「うわぁ、男の子の匂いがするぅ」
「ちょっと、先生! 勝手に俺のベッドで寝るなよ」
快斗くんがまくらを奪い返そうとしてきた。それを避けて体を起こすと、まくらを抱きしめた。快斗くんを遠ざけるように膝を立ててまくらをガード。こうすると色っぽいガーターストラップが丸見えだ。純情快斗くんが恥ずかしそうに手を引っ込め、あたしの太ももから視線をそらした。
「み、見えてるぞ……、パンティ……」
「恥ずかしがり屋さんだね。あたしの授業をまじめに受ければ、もっと気持ちいいことできるかもよ。大人の階段、のぼっちゃう?」
「デ、デリヘルかよ! そんなサービスいらないよ」
「あたしはデリヘル嬢ではありませーん。お母さんが心配してあたしを雇ったんだよ。彼女のひとりも作れるように、ってね」
あたしは快斗くんの警戒心を解くよう、にっこり微笑んだ。
改めて部屋の中を見渡した。男子高校生の部屋としてはよく片付いている方だろう。本棚に並んでいるのは図鑑に参考書、硬軟合わせた小説、コミックス、スポーツ雑誌、目立たないように隠されているアイドルの写真集。健全でバランスが取れている――というより健全すぎて面白みにかける。ところが、カラーボックスの上に無造作にBL同人誌が置かれていた。なるほどね。
「お母さんのこと、試したんだね? 干渉されるのがウザイと思ってた? 進路とか?」
「別に親に言われたから医者を目指してるわけじゃない。医者になりたいとは自分でも思ってるよ。確かに過干渉な母親はうっとうしいけどね。だから、BL本を置いておいたらどんな反応をするだろうかって思ったんだ。こういう結果になるとは思ってなかった」
なかなか頭の回転が速い子だ。ルックスはフツーだけど、清潔感があって好感が持てる。でも、女の子にはモテないだろうな。女の子に対する苦手意識が強すぎる。
「とにかく、うちの母親の暴走だから。俺がホモじゃないってわかればもう十分だろ? あんたの仕事はもう終わりでいいよ。どっちにしても、試験に出ない科目の家庭教師なんていらないしね。それに確かに彼女はいないけど、好きな子がいないわけじゃないし。はっきり言って、こういうの迷惑だから」
「そうはいかないよぉ。だって、あたしお金もらっちゃってるし。お給料分の仕事はちゃんとしないとね」
「だったら、この数学の問題を解いてみろよ。さっき有川先生が置いていった過去問だ。家庭教師にふさわしい学力があるか確かめさせてもらう。解けたら認めてやるよ」
快斗くんはA4の紙を差し出した。有川というのはさっきの女子大生だろう。
女から迫ると男性はかえって遠ざかってしまうものだ。母親が買ってくれた女なんて余計に反発するだろうし。だから、まずは家庭教師として距離を縮めようと思ったのだけど、まさか採用試験とは。
やっぱり童貞クンにはもっとストレートな色仕掛けの方がよかったのかしら。
[援交ダイアリー]
Copyright © 2015 Nanamiyuu