第11話 恋のデルタゾーン (14)

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 戸惑う先輩にあたしは泣きそうな顔を作った。

「先輩が誠実だったのは知ってます。先輩のことを悪く言う人はいないですもん。だけど、本気で付き合ってたなら、傷ついた子だっていると思うんです。悪い噂だって出ると思うんです。本気だったら誰も傷つけずにいるなんてできないですよ」

 ここはあたしの勘だ。うまくハマってくれればいいけど。

「あたし、子供の頃に両親が離婚して、いまもお母さんと二人暮らしなんです。つらいこともいっぱいあったし、毎日を悲観してばかりでした。でも、いろんな人に出会って、嫌な人もいたけど支えてくれる人もいて、泣いたり怒ったり、笑い合ったり励まし合ったり、そんなことがあって、それでいまでも何とかやっていけてます」

 先輩は黙って聞いている。

「こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないですけど、先輩は女の子と本気で付き合ってないと思います。あたしのことだって、ちょっと押せばすぐ落ちるって思っただけなんです。それで落としたら興味なくなるなんて、遊びじゃないだけタチが悪いですよ」

「美星さん、ぼくはそんなつもりはないよ」

「大川先輩は怖いんです。一歩を踏み出してうまくいかなくなるかもしれない、それが怖いんです。だから絶対大丈夫と思える範囲で生きてるんです」

 伸ばされた先輩の手を振り払って、あたしは先輩の目を正面から見つめた。

「だから、先輩は本気の恋ができないんです。普通の高校生の恋をしてたら傷つけ合うにきまってる。どうしてそんなに怖がるんですか」

 あたしは頭をさげて、

「きょうは楽しかったです。誘ってくれてありがとうございました。それと……、電車の中で男に絡まれてたとき、先輩が助けてくれてすごくうれしかったです」

 そう言うと、先輩に背を向けた。

 最後に、これは言うかどうか最後まで迷ったのだけれど、振り返って言った。

「中村さんに会いました。とってもステキなお友達ですね。あんなことを協力してくれるんだから、弱みを見せたって、泣き言を言ったって、よろこんで力になってくれると思いますよ」

 もう一度おじぎをして、今度こそ先輩のもとを立ち去った。

 こうして、あたしと大川先輩の関係は終わった。

 その日は先輩からの連絡はこなかった。だから、うまくいったかどうかはわからなかった。あたしは先輩の心に入り込めたんだろうか。

 月曜日になっても火曜日になっても、連絡はなかった。

 水曜日、美菜子ちゃんといっしょにお昼を食べるために、ふたりでお弁当を持って中庭に向かっているときだ。階段の踊り場で呼び止められた。

 大川先輩だった。

「美星さん、このあいだはゴメン。きょうの放課後、すこし時間をくれないかな。長くはかからないよ。体育館の裏で待ってるから」

「は、はい、わかりました――」

 あたしの返事を待たずに、先輩は逃げるように階段をあがっていった。

 うーむ。

 あたしとしては、あたしに振られた先輩がもっと自分から踏み出せるようになってくれたらいいなと思っていただけだったのだが。

「ねえ、沙希ちゃん。あれって、放課後に告白したいので会ってください、ってこと?」

「どうしよう、美菜子ちゃん」

 美菜子ちゃんには事の顛末を話してあった。ある種の武勇伝としてだ。

「大川先輩と付き合うの?」

 あたしは首をぶんぶん振った。あたしが振ってゲームに勝ったと思っていたのだ。これまで先輩の方から女の子に告白したという話は聞いたことがない。効きすぎだ。

 美菜子ちゃんはすこし考えてから、視線を階段の上に向け、

「ここはやっぱり、『彼氏がいるんです』っていうことにした方がいいと思うの。振り向いてくれるまでいつまでも待ってます、なんて言わせないように」

「でも、あたし、彼氏いないし」

「でも、ここにピッタリの人材がいますよ。図書室コンビの彼氏が」

 美菜子ちゃんが指差した先には、学食へ行こうと階段を降りてきた岩倉くんがきょとんとした顔で立っていた。

「お前ら、いま俺をよからぬ企みに巻き込もうと画策していたな? 何か知らんが面倒ごとはお断りだぞ」

「あら、岩倉くんにもメリットがありますよ。沙希ちゃんの彼氏ということにすれば、ホモだということがバレずに済みますし。図書室の美少年美少女として噂になっていますからリアリティありますしね」

「小川ぁ、俺はホモじゃないと――」

 確かにこんなことを頼める相手はほかにいない。

「岩倉くんッ、お願いします。ふりでいいので、きょうだけ恋人になってください」

 あたしは深々と頭を下げてお願いした。

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