第4話 好きって気持ち (08) Fin
考えてみれば、わたしがここに来た理由を栄寿さんは知らないはずだ。学校が始まるまで親戚の叔父さんの海辺の別荘に滞在することになった中学生の姪。シチュエーションとしてはそんなところだ。ママが、娘があなたのことを気に入ってるからセックスの相手をしてあげて、なんて言ったはずもない。
栄寿さんはわたしとセックスしたことをどう思ってるのかな。栄寿さんにとっては、わたしは姪だ。もしかしたら娘かもしれない、なんて話は本気にしてはいないだろう。本当の娘だと打ち明けたら、なんて言うかな。
またわたしとセックスしてくれるかな……。
もじもじしながら栄寿さんの様子をうかがうと、栄寿さんも何を言ったらいいか考えあぐねているようだった。
栄寿さんが実の父親であるってことは、わたしから伝えてもいいってママに言われている。わたしだけが知っているのはフェアじゃない。でも、どうやって伝えたらいいんだろう。タイミングが重要だよね。
むーん、なんて言って切りだそう……。
「いま、お茶を入れますね」
あずきさんが横から屈託のない笑顔を浮かべて言った。
すると栄寿さんがあずきさんを制して、
「しばらく莉子ちゃんとふたりだけで話したいんだ。あとで呼びますから、お茶はそのときにぼくの部屋に運んでください」
あずきさんは見るからに不審そうな顔になった。
「まさか栄寿さん、さっそく莉子ちゃんにえっちなことをしようとしてるんですか」
「そ、そんなわけないじゃないかッ。莉子ちゃんの滞在中の生活について話しておきたいだけだよ」
「じゃあ、別にふたりきりになる必要ないじゃないですか。むしろ、お世話するのはあたしともなかなんだから、あたしたちも一緒にいたほうがいいでしょ」
あずきさんは栄寿さんをからかっているんだろうな。栄寿さんの慌てた様子を見れば、誰だってからかいたくなるだろう。
「いや、家庭の事情についてのデリケートな話なので。じゃあ、夕食はいつもの時間にお願いします」
栄寿さんが逃げるように階段に向かうと、あずきさんがわたしにウインクしてみせた。
おトイレに行ってから、栄寿さんのあとを追った。階段で、降りてくるもなかさんとすれ違った。荷物はもなかさんが三階の部屋に運んでくれた。三階には四つの部屋があったから、まだ見ていない一室がわたしの寝室に割り当てられているんだろう。
でも、わたしは栄寿さんの部屋で一緒のベッドで寝るもんねッ。
もなかさんは無言で会釈すると、階下に駆け下りていった。もなかさんには嫌われてるのかも。
広々とした栄寿さんの部屋にはダブルベッドが一つあるだけだ。ラブドールの女の子はきょうはいない。
わたしたちはテーブルと椅子が置いてあるバルコニーに出た。
風のない暖かい日だった。西に傾きかけた太陽が、まばらな雲の間から柔らかい光をそそいでいる。海はおだやかで、水平線まで見通せた。
栄寿さんの背中に抱きついて、顔をうずめた。ちょっとびっくりしたように栄寿さんの動きが止まった。胸の奥がせつなくて、涙が出そう。
初恋の相手がお父さんでもいいよね。
つづく
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