第11話 恋のデルタゾーン (13)

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 土曜日の夜、大川先輩といくつかメッセージのやりとりをした。カフェで連絡先を交換してから、毎晩メッセージが来る。あたしのことを探ってる感じの短いやりとりだ。まだ恋人になったわけじゃないからね。

 大川先輩に違和感を覚えたのは、先輩が図書室に本を借りに来たときだ。電車での運命的な出会いの直後にあんな再会があるなんて、ちょっとタイミングが良すぎるもの。下校時に偶然また会ったのが決定的だった。あれはぜったいあたしを待ち伏せしていた。だから電車でナンパされたことも、何かの仕込みがあったんじゃないかと疑っていたんだ。中村さんの話で答え合わせができた。

 それが悪いことだと言いたいわけじゃない。恋の駆け引きではこのくらいの方便はアリだし、あたしは援助交際でもっとえげつないことをしている。

 大川先輩はあたしを攻略しようとしているんだ。

 それに気づいたあたしはゲームを仕掛けた。カフェに誘って距離を縮め、デートに誘わせることに成功した。そしてこのまま大川先輩を落とす!

 先輩は女の子をもてあそぶような奴じゃないと中村さんは言っていた。三ツ沢さんの話からも、実際そうなのだろう。けれど、あたしは援交してるようなビッチだ。こっちは男をもてあそぶなんて日常茶飯事だ。

 そしてデート当日。

 大川先輩は、ベージュのパンツ、白シャツにグレーのパーカーで現れた。上品で大人っぽいコーデだ。あたしを待っている先輩を陰からしばらくながめてから、約束の時間のすこし前に先輩のもとに歩み寄った。

「おはようございます、翼先輩」

「おはよう、美星さん。今朝もすごくキレイだね」

 きょうは清楚系のミディ丈白ワンピ。ウエストのくびれを強調するデザインにした。あたしは脚がチャームポイントだけど、バストとヒップは自信がないから。メイクを感じさせないナチュラルメイクに、唇だけはすこし背伸びした感じにして、石鹸の香りをまとっている。引っ込み思案な子が一生懸命がんばったという印象をもたれるはずだ。

 早速あたしたちは映画館に入った。

 大川先輩はモテる。女の子と付き合った経験も豊富だ。女の子の方からアプローチされることも多い。策を弄する女子もたくさんいたはずだ。つまり、先輩は恋のゲームに慣れている。前日に映画を見て予習するような人だ。ヘタをするとこちらの手を見破られてしまう危険がある。いまのところ恋愛経験のない子と信じさせているけど、いつまで通じるか。緊張感にヒリヒリするけど、それをちょっとでも気取られてはいけない。

 慣れている人は、ボディタッチさせるとか目を見つめるとかといった普通のやり方だけでは落とせない。問題は先輩が単に慣れているだけじゃなく、人としても誠実だという点だ。ヤリ目の男ならいろいろやりようはあるのに。向こうが攻略テクニックを使ってくるのに理不尽だけど、こちらが落とそうとしてることがバレたら軽蔑されてゲームオーバーになるだろう。清楚なふりをしてるから幻滅もおおきい。

 だけど、逆にそこが大川先輩のウィークポイントだ。

 映画の後は、近くのイタリアンに入った。大川先輩のことだ、このあたりのデートに使えるお店はどこも入ったことがあるんだろうな。

 あたしたちはランチを食べながら、どの役者がよかったとか、どのシーンが印象的だったとか、あるいは、字幕の意訳しすぎに文句を言ったり、伏線の張り方を賛美したりと、映画の感想を語り合った。先輩も予習の甲斐があったことだろう。もしあたしが頭の悪い子だったなら先輩の努力も無駄になったわけで、そう考えると、まるで口頭試問を受けているような気分になった。

 映画のチケットは先輩が予約していたので奢られてしまったけど、かわりにランチはあたしが払うと申し出た。当然それは受け入れられず、同額の割り勘でということに落ち着いた。

 さて、そろそろいい頃合いだ。

 食事を終えて外に出ると、大川先輩がロープウェイを指して、

「今度はあれに乗ってみようよ。眺めが最高で楽しいよ」

 と、いつもの笑顔で言った。

 あたしは静かに微笑んで、黙ったまま先輩から数歩離れた。

「そうですね。もしも先輩と恋人同士になれたなら、きっと楽しいでしょうね」

「え? ああ……、うん……」

 先輩はあたしが何を言い出すのかと、落ち着かない顔を見せた。

 あたしは別に先輩を翻弄して悦に入りたいわけじゃない。この人はあたしを攻略しようとした。そのお返しに、あたしを忘れられないようにしてあげるんだ。

「大川先輩はすごくモテます。友達の女子に聞かされました。これまでたくさんの女の子と付き合ってきた人だって。付き合ってもすぐに別れちゃうって。だから、どうしてあたしなのかなって、ずっと思ってました」

「ああ、そういうことか。信じてほしいんだけど、ぼくはどの子とも真面目に向き合ってきたつもりだし、けっして不純な気持ちじゃ――」

「知ってます」

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