以前、五十代の男性から聞いたことがある。むかしの学校では全校生徒の名簿が冊子として配られていたそうだ。クラスごとに生徒の名前と住所に電話番号、それどころか親の名前と職業と年齢まで記載されていたという。いまでは考えられない恐ろしい話だ。そんな時代に生まれなくてよかった。
しかし、いまは個人情報保護法のせいで、犯人の名前がわからない。
「鳴海、そのページを印刷してくれ。これからその家まで行って確かめてくる」
「まあ、そう焦るなって。いま奥の手を使うから」
拓ちゃんは自分のスマホを取り出して電話をかけはじめた。
「もしもし、先輩? 鳴海です。ちょっと訊きたいことがあるんですけど。先輩の家の向かいに床屋があるじゃないですか。そこに晴嵐に通ってる生徒が住んでいるはずなんですけど、名前わかりますか?」
三年F組の蔵前――というのが拓ちゃんの聞き出した名前だった。
「コンピューター部の男子です。部室に貼られてたゲームの点数表に蔵前という名前がありました」
あたしが言うと、岡野会長は酷薄な笑みを浮かべた。そばで見ていて背筋が寒くなったほどだ。
こんどは会長がケータイを取り出して電話をかけはじめた。
「岡野だ。風紀委員の腕っこきを三、四人集めてくれ。文化祭を前にして不適切な活動をしている部活の強制手入れを行う。五分後に文化部の部室棟の前に集合だ」
それからあたしの方に向き直って、
「きみも来るかね?」
「行きます」
一方、拓ちゃんは「俺は興味ない」と肩をすくめた。
「鳴海、お前のおかげで助かった。礼を言う。ひとつだけ言っておくが、あのサイトに書いてある内容はすべてデタラメだからな。真に受けるなよ」
「わかってるって。あんまり気にするな」
「ききき、気にしてなどいないぞッ」
拓ちゃんは笑って手を振った。
こうして生徒会と風紀委員がコンピューター部を急襲し、すべての証拠とともに、校内美少女ランキングのサイト管理人が取り押さえられた。運営していたのは蔵前だけでなく、春日と上野のふたりも共謀していた。三人とも『ほんとは女子と友達になりたかった』とその場で容疑を認めた。
部長の吉田さんは何も知らなかったらしい。裏切られたことが信じられないといった顔で仲間に詰め寄った。
「お前ら、何を考えているんだ! ぼくたちは二次元に生きるんじゃなかったのかよ。こいつらは三次元だぞ! 非処女でいいのか! 生徒会長なんてどうせ男とヤリまくってるに決まってる。この一年生だってビッチの本性を隠しているんだ。目を覚ませよ!」
岡野会長もあたしも苦笑するしかなかった。
三人は、もうこんなことはしないと約束し、あたしたちの見ている前でサイトを削除した。反省はしているようだけど、会長はけじめが必要だとして、二台あるパソコンのうち高性能な方を新聞部の古い機種と交換するという罰を言い渡した。
最終的なランキングの順位は四位。三位の会長には七票差で届かなかった。
「美星さんもこれで安心だな」
一件落着して部室棟を出ると、岡野会長が笑いながら言った。
「生徒会長のおかげです」
「わたしは何も。解決したのは鳴海だよ。それと、きみもだ。知り合えてよかった。きみさえよかったら、どうかわたしのことは『恵梨香』と呼んでくれないか。その……、きみとは友達になりたいんだ。実を言うと、わたしは四月からきみを知っていた。鳴海がきみのことばかり見ているものでね」
「拓ちゃんはいとこです。お兄ちゃんと妹みたいなものですよ」
会長は何か言いたげな表情をしたけど、言葉を飲み込んでただ微笑んだ。
友達か……。あたしだってこの人と友達になりたい。だけど……。
あたしは自分がちょっと悲しげに見える顔をしているのに気づいて、無理に微笑み返した。
「じゃあ、あたしのことも『沙希』と呼んでください、恵梨香先輩」
ほんとのあたしを知られたら軽蔑されるだろう。友達なんて、その日が来るまでの短い夢でしかない。でも、そのことに思い悩む必要なんてないのかもしれない。いま友達になりたいと思うなら、なればいい。
どっちみち、あたしには「いま」しかないんだから。
第3話 おわり
[援交ダイアリー]
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