車内セクハラ事件 (04)
「きれいなオマンコですなぁ」
ギョロ目さんがうっとりとした口調で言った。言いながら体をくっつけてくるのやめてください。
「雪奈ちゃん、これ、中出しは擬似だよね?」
「あなたは何を言っているんですか。真性中出しに決っているでしょ。モザイクなしで写ってるでしょうが」
と、ギョロ目さんがバカにしたように言った。
「えっと……」
わたしは中出しNGです。タイトルに中出しを謳ってる作品でも実は擬似。ごめんね。いま見てる無修正のヤツも、わからないようにゴム着けてるし、精液は偽物なの。けど、そんな話をしたら夢を壊しちゃうよね。プロダクションに怒られちゃうかもだし。いずれ人気が落ちてきたら解禁するかもしれないけど、いまはまだNGにさせてください。
言葉に詰まってると、小太りさんが思いつめた表情になった。
「俺、そういうのイヤだから。雪奈ちゃんにはしあわせになってほしいから。こんな仕事いつまでもつづけてほしくない」
こんな仕事、だと?
ちょっと、むっかー。
「俺、雪奈ちゃんの大ファンだから、雪奈ちゃんのビデオ観るけど、そのたびに胸が痛むんだよ。だって、好きな女がほかの男に犯されてるとこ見てセンズリしてんだぜ。雪奈ちゃんが中出しされて、ぶっかけされて、ごっくんさせられてるとこ見てセンズリしてんだぜ。情けないよ。せつないよ。本当はだまされて無理矢理やらされてるんだろ? 男優にもひどいことされてるんだろ? だから、もう引退しなよ」
そーゆーことを言う前にさぁ、このビデオまずいんだけど。
「このビデオ、中国語の字幕が付いてるじゃないですかぁ」
「そうなんだ。これだけ字幕なしのファイルが見つからなくてね。中国人の奴ら、字幕を付けるならハードサブにするんじゃなくて、字幕トラックを別にしとけって言うんだ。ほかのは字幕なしのファイルをダウンロードできたんだけど」
こいつ、悪びれる様子もなくいけしゃあしゃあと。
「ダウンロードとか、そーゆーのダメですよぉ。ちゃんと買ってください」
「俺はね、女の子を喰いモノにしているようなAVメーカーに金を払うつもりはないの。雪奈ちゃんのギャラは撮影のときにもらってるだろ。そのあと俺らがビデオを買ったらぜんぶあいつらのボロ儲けだろ。俺はそういうのに抗議を表明するために、買わずにダウンロードしているんだ」
「うむ、それはわたしも同じですね。いまの時代、ネットでいくらでもタダで手に入りますから」
ギョロ目さんも賛同した。
こいつら……。
売上が伸びないとギャラも減らされるじゃねーか。
「ほかの現場は知らないけど、わたしがいままでお仕事で一緒になったスタッフさんはみんないい人だったし、やさしくしてくれた。男優さんたちだってわたしのことを大切に扱ってくれたよ」
「だから、それがあいつらの手なんだよ。メーカーなんて雪奈ちゃんを商品としてしか見てないし、ボロボロになるまで貪るつもりなんだって」
小太りさんの言葉にギョロ目さんが軽蔑したような笑い声をあげた。
「まったく若い人はロマンチストですね。彩風雪奈さんだって金のためにセックスしているわけですよ。スタッフや男優だってこの人がカメラの前でセックスするからチヤホヤして持ち上げるわけです。撮影現場ではお姫さまになれて、ひとりだけ大金をもらえて、男優のテクニックも味わえる。引退などするわけないでしょう。引退したところで、元AV女優なんて社会は受け入れてくれませんし、まともな男とは恋愛も結婚もできません。隠して付き合おうとしても、ネット社会の昨今、隠しきれるはずもないですしね。引退しても復帰するしかないんですよ」
むかつく。
わたしだってもう子供じゃないんだ。
売れなくなったら扱いが変わることくらいわかってるよ。
世間から蔑まれる仕事だってこともわかってるよ。
だけど、わたしは好きでやってるんだ。
やっと見つけた場所なんだ。
結婚だってあきらめてない。
いまは彼氏いないけど、ほんとに好きになった人にはちゃんと打ち明ける。
受け入れてもらえなかったら悲しいけど、だまして結婚しようなんて思ってない。
だいたい、あんたたちには関係ないじゃないか!
「わたし……、わたしは……」
抗議しようと思ったけれど、うまく声が出なかった。
「雪奈ちゃん、こんなウザキモオヤジの言うこと気にするなよ」
「おやおや、泣かしてしまいましたか。泣き顔もそそられますね。罪な女性だ」
ここにいたくない。
車内アナウンスが、あと十分で名古屋に到着することを告げていた。
「わたし、ここで降ります」
立ち上がって、網棚からトートバッグを下ろした。とにかくこのふたりのそばにはいたくなかった。
あわてて通路に出ようとしたわたしはバランスを崩して転んでしまった。上半身がギョロ目さんの膝の上に載ってしまい、下半身が小太りさんの脚に引っかかった。お尻を突き出すような格好だ。
[車内セクハラ事件]
Copyright © 2012 Nanamiyuu