第9話 すべての呪いが生まれた日 (13)

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「えー? おじさん、そんなエッチな目で見ないでよぉ。は、恥ずかしいじゃん……」

「沙希ちゃんは援助交際をしているんだったね?」

「え? そ、そうだけど……。だけど、お、おじさんはダメだって言ったでしょ?」

目が据わってる。ああ、これは犯されるのかも……。

にじり寄ってくる沢渡さんに、あたしはお尻をずらして離れようとした。

すると沢渡さんが覆いかぶさるように襲いかかってきて――。

「きゃあぁぁっ!」

両手で沢渡さんを押しのけようとした反動でベッドに押し倒される格好になり、あたしは胸をガードしながら体をよじった。体を固くして、目をぎゅっと閉じる。

もしも沢渡さんがあたしをレイプしたいのなら、されるがままになるつもりだった。

ぜんぶ受け止めてあげて、最後には許してあげるつもりだった。

だって、お父さんだけが悪い人じゃなかったんだってことになるじゃん。

でも、沢渡さんはいつまでたってもタオルを剥ぎ取ろうとしなかった。それどころか震えているあたしに手も触れていなかった。

思いとどまってくれたんだ……。

「援助交際しているなんて、ウソだったんだろ? 経験があるっていうのも」

優しい声で言われて、そっと目を開いた。

もちろん、あたしはバージンが背伸びしてるだけだと思わせてたわけだけど、ここにきてはじめて沢渡さんは、ぜんぶお見通しだよ、と言いたげな大人の余裕を見せて微笑んだ。

全身の緊張をほどく。止めていた息を吐き出した。

バッドエンド回避。じゃあ、仕上げをしてエンディングに入ろうか。

あたしは体を起こすと沢渡さんに体を寄せて、涙をぬぐうフリをした。

「ごめんなさい……。あたし、さびしくて……。おじさんが優しそうな人に見えたから……。だから、あたし……、ただ、優しくしてほしくて……」

「ぼくの方こそゴメン。今朝きみが声をかけてきたとき、ぼくはほとんど死んでいるようなものだった。いまは違う。沙希ちゃんとすごした時間がどういうわけかぼくに力をくれたみたいだ。きみにはそんなつもりはなかったのかもしれないけれど……、いや、そうでもないのかな。とにかく、沙希ちゃんに出会えてよかった。ありがとう」

それから沢渡さんはすこし深刻な顔をして、

「ただ、ぼくは沙希ちゃんに何もしてあげられない。何か力になってあげたいけれど、ぼくは失業した程度のことで折れてしまうような弱い大人だ。辛い思いをしている女の子ひとり助けることすらできやしない」

「きょう一緒にいてくれただけで十分だよ。ありがとう、おじさん。あたしも家に帰るね。優しくしてくれるいい大人もいるんだってわかったから」

そう言って笑った。強がりを言う少女の気持ちが伝わったはず。これで沢渡さんも安心できるだろう。

ホテルを出て、地下鉄の駅の前でお別れすることにした。

別れ際にあたしは恥ずかしそうにもじもじしながら、

「最後にハグしてもらえませんか?」

とお願いした。沢渡さんは喜んで応じてくれ、あたしは沢渡さんの胸に抱きついた。沢渡さんもあたしのことをそっと抱いてくれた。

「お父さん……」

そうつぶやいても沢渡さんは嫌がらずにいてくれた。これで満足だ。

あたしは沢渡さんから離れて、クルッと回った。いままでのはぜんぶ演技だよっていうような元気な笑顔を作って、

「ねえ、おじさん。女の子から声をかけてきて、女の子がホテルを指定したら、それってぜったい美人局だからね。気をつけないとダメだよ。じゃあ、元気でね。バイバイ」

大きく手を振ってその場を離れた。

何年か経って沢渡さんが元の生活を取り戻したとき、きっとこう思う。『あの時、人生の転機となったあの日、街で偶然出会った沙希と名乗る不思議な美少女はどうなったのだろう。もしかして、あれはすべて夢だったのだろうか』ってね。

そのあとは特にすることもないので、すこし街をぶらついたあと、海辺の公園に行った。そこで遊歩道の隅に腰を下ろし、日が暮れていく様子をながめた。

ビーチを親子三人連れが歩いている。三十代くらいの若い夫婦と女の子だ。小学校の五年生か六年生くらい。両親と女の子は手をつないで楽しそうに笑っている。

うらやましくて膝を抱えて目を伏せた。

女の子は胸の膨らみはまだほとんどなくて、脚は棒のように細い。体も華奢で弱々しく、あたしと年齢は五歳くらいしか違わないのに、まだほんの子供だ。

あたしもあんな小さな子供だったはずなんだ。お父さんがあたしを殴って強姦したときも、お父さんがお金をもらって見知らぬ男たちにあたしを強姦させたときも、お父さんに捨てられて怒ったお母さんが男たちを雇ってあたしを強姦させたときも、あたしはあの女の子と同じ、まだ小さな小学生だったのに。

悪いのはあたしだとわかってるけど、いつまで苦しまなきゃいけないの?

生まれてきたことの罰ならもう十分受けたのに――。

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