ピンクローターの思い出(07)

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 ちょうど体育の授業がある日で、更衣室での着替えのときにクラスの女子たちの好奇の目にさらされることになった。黒のガーターベルトと総レースのセクシーショーツを見て、誰もまどかに声をかけようとはしなかった。怖れをなしたように遠巻きにして、なにやらヒソヒソと囁き合うだけだった。

 何がしたかったのか、まどか自身もよくわからなかった。たぶん、「あたしはもうセックスを経験してしまった、それも何人もの知らない大人たちにむりやり犯されたのだ、クラスのみんなとは違う種類の人間なんだ」と、わかって欲しかったのだろう。

 女子たちのまどかに対するイメージは『おとなしくて目立たない子』から、『何を考えているのかわからなくて怖い、ちょっとオカシイ子』に一瞬で変わった。女子の一人が「新田さんのお母さんってフーゾクで働いてるんだって」と言うと、その噂もまたたく間に広まった。

 体育の授業が終わったあと、まどかに対する女子の目が変わったことにほとんどの男子は気づいていなかった。雄太だけが妙な空気を察した。

「おい、新田。お前、何かあったのか?」

「さあね」

 まどかが上目遣いに微笑むと、雄太は慌てた様子で黙り込んだ。

 翌日、まどかはファッションをがらりと変えた。フリルのついたノースリーブのロリータブラウスにティアードミニスカート、透け感のあるガーターストッキング、リボンの付いたガーターリング。外からは見えないが、下着もセクシーなものにした。

 それだけではない。目立たない色だがマニキュアもしていた。本当はお化粧もしたいところだったけれど、母親のものを拝借するにしても、うまくできるか自信がなかったのであきらめた。せめてものオシャレと髪をワンサイドアップにしてリボンを結んだ。

 服を買うためのお金なら十分に持っていた。セックスした男たちからもらったものだ。

 靴もヒールの付いたものを新調したのだが、学校では上履きに履き替えるので、コーデが台無しになってしまう。それだけが不満だった。

 さすがにこれには女子だけでなく男子もドン引きしてしまった。しかし、まどかは自分が特別視されることを痛快に感じ、その状況を堪能していた。打ち明けることはできないけれど自分は娼婦なのだ。だからそのような目で見られることは、ありのままの自分を見てもらえるということなのだ。そう思った。

 そして実際、男子の多くがまどかを異性として意識しはじめた。服装はきっかけにすぎない。小学生とは思えない内面から匂い立つ色気のせいだ。まどか自身も男子の視線を敏感に感じ取って、自分のセックスアピールの威力に慄いた。

 雄太も恥ずかしそうな視線をチラチラと送ってきた。まどかと目が合うとサッと目をそらす。そして、何も興味はないと言いたげに文庫本を開いて読み始めるのだ。

 まどかは雄太の席まで行くと、机に両手をついて身をかがめた。

「最近はどんな本を読んでるの、中川くん?」

「え?」

 まどかの方から声をかけたのはこのときが初めてだった。だが、雄太がドギマギしたのはそれが理由ではない。急に距離を詰めてきたまどかの甘い匂いに当てられたのだ。か弱そうな脇がノースリーブのブラウスからのぞき、その奥の柔らかそうな肌まで見えた。乳首のピンク色がかすかに透けて見える。下着を着けていないのだと思うと、股間のモノが硬くなった。

「あ……、ああ、そうだな。いまはコレだ」

 雄太は平静を装いながら文庫カバーを外してみせた。真っ黒な表紙に陰気な男のモノクロイラストが現れた。『ラブクラフト全集』の第一巻だ。

「あたし、これ知ってる。クトゥルフ神話ってやつでしょ? すごく怖くて、でも面白いって聞いたことある」

 その言葉に雄太は目を輝かせた。

「そうなんだよ! さすが、新田は知ってるんだな。これは世界中の作家に大きな影響を与えた宇宙的恐怖小説なんだ。最近はアニメやゲームでも出てくるけど、やっぱり原点は違うよ」

「ネクロノミコン」

「そうそう! 新田も読んでみるかい? 家に全巻あるから貸してあげるよ」

 雄太はまどかの性的魅力に恥ずかしがっていたことなど忘れてしまった様子で熱心に語った。同じ趣味を共有できる仲間にやっと巡り会えたと感激している様子だ。実際のところ、まどかがクトゥルフ神話を知ったのは昨日のことだった。雄太が休み時間に読んでいる本を友人に紹介していたのを見て書店に寄って調べたのだ。

 初めて雄太と言葉を交わしたときのことが思い出された。集団強姦の被害に遭ってからずっと本を読んでいない。あんなに読書が好きだったのに、その楽しみはすっかり忘れていた。いまこうして雄太と話していると、失ってしまったものをすこしずつ取り戻せるような気がした。

 胸の奥が熱い。

 汚れてしまった自分にはもう資格がないとわかっていても、雄太への恋心は消えない。この人の世界の片隅に、小さくてもいいから自分の居場所があってほしいと願った。

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