人妻セーラー服(01)

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 高校生のときに着ていたセーラー服を発見してしまった。

 専業主婦の高瀬くるみは、クリーニング店で回収してきた冬物コートを片付けようとしたのだ。けれど、ウォークインクローゼットにしている四帖ほどの窓のない洋室はひどい有様。結婚してからの四ヶ月のあいだに衣装ケースやダンボール箱が山積みになってしまっていた。売れない在庫がたまりすぎて倒産しそうなアパレルショップの倉庫に、家電量販店が型落ち品を押し込んだみたいな惨状だ。

 これはイカンと思ったくるみは、季節の変わり目でもあることだし、この機会に全面的に整理し直そうと奮い立った。まずはクローゼットの中のものをぜんぶリビングに運び出すことにした。最後に運び出そうとした一番奥にあった衣装ケースの中に、高校時代の制服を見つけたというわけ。

「うわあ、なつかしいなぁ」

 セーラー服を手に取ったくるみは思わず声をあげた。

 くるみはこの三月で二十五歳になったところ。高校を卒業してから七年がたっている。防虫剤はとっくに切れてしまっていたけど、しまい込まれていた制服にはシミも虫食いもない。折りジワと臭いはちょっと付いちゃってる。

「よーし。これはもう片付けなんてしてる場合じゃないよね」

 紺の冬服、紺襟に白身頃の合服、白の半袖夏服、ミニのプリーツスカート各種、学年別スカーフ。学校指定のソックスに生徒手帳まで取ってあった。

 こんなの、あの日に帰りなさいと言われているようなものじゃないですか。

 リビングに出したものをクローゼットにぜんぶ戻して、スチームアイロンを用意した。プリーツのシワ取りは多少手間取ったものの、くるみは家事全般が得意だ。小一時間ほどで制服は見事によみがえった。

 姿見の前で春に着る白身頃のセーラー服を体に当ててみた。高校生活のいろいろなことが思い出されてくる。

 気を良くしたくるみは、部屋着のコットンワンピを脱いでセーラー服に袖を通してみた。ミニスカートも余裕ではける。わくわくしながらもう一度姿見の前に立ってみた。

「けっこうイケてるじゃん。まだまだ現役女子高生で通用するかも」

 そう言いながら鏡の前でクルッと回ってポーズを取るくるみ。

 童顔なうえに背丈が152センチと小柄なせいで、歳よりも若く見られる。先月だって、デパートのクレジットカードを作った際、窓口の係の人からさんざんカード特典の説明を聞かされたあとで、「残念ですけど満十八歳にならないと入会できないんです」と申し訳なさそうに言われたくらいだ。

 だけど、さすがにセーラー服だとやっぱりちょっと違和感でちゃうかも。

(あたしのこんな姿を、亮さんが見たらなんて言うかな……)

 恥ずかしさと同時に寂しさがこみ上げてきて、くるみは寝室に駆け込んだ。ダブルベッドにダイブする。

「あーん、亮さぁん、きょうも帰りが遅いんですかぁ?」

 亮さんの枕に顔をうずめて、両脚をバタバタさせた。

 夫の高瀬亮さんは三十歳。バイオベンチャーの研究員をしていて、このところずっと仕事で帰りが遅い。実験とかの業務の性質上しかたがない部分もあるのだろうけど、夕食をひとりで食べることになるたび、くるみは悔しい気持ちになるのだった。

 亮さんは熱心に仕事に取り組んでいて、しかも楽しんでいる。そんなところは素敵だと思う。ハンサムだし高給取りだから友達からもうらやましがられる。いっしょにいるときには、くるみにやさしくしてくれる。けれど、いっしょにいる時間が短すぎるのだ。

「新婚なのにィ」

 4LDKのマンションが広すぎる。結婚するとき、きみは働かなくていいから、と亮さんに言われて勤めていた会社を寿退職してしまい、いまはパートもしていない。主婦というのはけっこうヒマだから、寂しさをまぎらわせることもできない。

 夜の営みだって、もう三週間もご無沙汰だ。子供を作るのはもうすこし先にしようと言われている。

「かわいい奥さんをほったらかしにしてたら浮気しちゃうゾ」

 と、口に出してしまってくるみは固まった。

 亮さんの枕を愛しさ全開で抱きしめる。亮さんの匂いがする。

「いまのはウソ。くるみは亮さんラブ、亮さん一筋ですから」

 亮さんと出会ったのは知り合いの結婚式でのこと。亮さんの方からアプローチされて、ふたりは付き合うようになった。交際を始めて半年ほどたち、自然体で付き合える人だな、もっといっしょにいたいな、と思うようになった頃、亮さんからプロポーズされた。くるみはOKした。燃え上がるような激しい恋をしたわけじゃない。けれど、この人となら共に歩いていける、そんな人だと思えたから。

 むしろ亮さんへの愛情が高まったのはプロポーズを受けたあと。婚約してから結婚するまでの三ヶ月のあいだに、くるみの亮さんへの想いは何倍にも膨らんだ。素敵な人だけどけっして完璧じゃない、男らしくて頼りになるけど子供みたいにカワイイ面も見せてくれる、そんな亮さんのことが好きで好きでたまらなくなっていった。

「亮さんの奥さんになれて、あたし、しあわせ。いますごくすごくしあわせ」

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