いったい何がどうなっているのかわからないが、純が武一と闘って勝てるわけがない。体格からして大差があるのだ。武一に触れることさえできずにノックアウトされてしまうだろう。
(なに考えてんだ、純のやつ)
原因が由香にあるのは明白だ。でも、どうしてそれが決闘ということになるのか。
土曜日のことを考えるのは恥ずかしかったが、自分が純に何を言ったのか思い出そうとした。
武一にフラれたといって泣いたことか。ラブホテルに誘ってセックスしてあげると言ったことか。武一に思い知らせてやると言ったことか。童貞のくせにとなじったことか。それとも、武一の方が男らしいと言ったことか。
ラブホテルの前でのやりとりが脳裏にはっきりと浮かんだ。あのときの純の悲しそうな表情も。
由香は胸がつまるような気がした。
なんてひどいことを言ってしまったんだろう。
純はいつも優しくしてくれた。
あそこで置き去りにされるのが当然だったのに、家まで送ってくれた。
泣きながら武一の名前だけを繰り返すのを、どんな気持ちで聞いていたんだろう。
自分も泣きたいほど傷ついていたはずなのに、何も言わずに支えてくれた。
わがままな年上の女の子を甘えさせてくれた。
純はいくじなしのヘタレなんかじゃない。優しくてかわいい年下の男の子。だけど、本当はとっても強い子だったんだ。
由香は廊下を走りながら涙をぬぐった。
(だからって、ケンカが強くなるわけじゃないだろ!)
武道場に着いた由香はスリッパを脱いで上がった。すぐあとから奏がついてきていた。
すでに決闘は始まっていた。防具とグローブをつけたふたりの男子が間合いを取りながら向かい合っていた。武一は空手着姿だが、純は体操服だ。思った以上に体格差があって、大人と小学生のように見えた。
「純! なに考えてるの。こんなのやめて。ケガしちゃうよ」
由香が近寄って懇願した。純と武一が視線だけを動かして由香を見た。
「武一! お前もこんなことやめろ。素人相手になにムキになってんだよ!」
「由香、お前こそ引っ込んでろ。これは男同士の問題だ。女には関係ない」
武一が攻撃の体勢を崩さずに低く言った。
「そうですよ、天音先輩。ケガしないように離れていてください」
純もやめるつもりはないようだ。
由香はまわりを見渡して、ふたりを見守っている空手部の部長を見つけた。部長は三年生で、以前からよくスケッチに来ていた由香とは知った仲だ。腕組みをして仁王立ちになっている部長に走りよると、
「部長、やめさせてください。武一と素人の一年生が闘うなんて無理に決まってるじゃないですか。そもそも決闘だなんて、こんなの学校にバレたら暴力事件になるかもしれないんですよ」
部長は鷹揚に笑った。相当に強いらしいが、気さくな性格で人当たりがいい。
「大丈夫だよ、由香ちゃん。彼、経験者だっていうし。どうしても桐原くんと試合したいっていうから、体験入部してもらったんだ。プロテクターもつけてるし、桐原くんも手加減してるから心配いらないよ」
「純が空手の経験者? あの子のどこを見たらそう見えるんですか! 武一と決闘するためにウソついてるに決まってます」
「いやいや、型はちゃんとできてるし、ずぶの素人じゃないのは確かだよ。それに、なんといっても彼のファイティングスピリットはなかなかのものだよ」
部長が頼りにならないので、由香はまた純と武一の方に向き直った。となりに奏も来た。奏はこれがただの試合ではないとわかっているようだ。不安げに由香に寄り添っている。
「あの一年生の子、天音さんを悲しませたことを謝罪するように、武一くんに言ったのよ。男として責任を取るべきだ、って。武一くんはそれに応じなくて、こんなことになってしまったの」
「バカな。そんなことで……」
こんな決闘に意味はない。止めなければ。
純が武一の腹部に突きをくりだし、武一がかわした。すぐに純が上段蹴りを放った。そのとたんに純はバランスを崩してよろけた上、蹴りは大柄な武一の胸のあたりまでしか届かなかった。武一が純の足を手で払うと、突きを純の胸に見舞った。純は飛び退いてダメージを避けたが、床に片膝をついた。
「もうやめろ!」
由香は武一の前に飛び出して、両手を広げて制した。
「どけ、由香。じゃまするな」
「うるさい、ばかやろう!」
武一の体はのしかかってくるような大きさで由香を圧倒した。それでも由香はひるまずに、かつての恋人をにらみつけた。
[失恋パンチ]
Copyright © 2011 Nanamiyuu