「息子さんのお名前はなんとおっしゃるんですか? どちらの高校に?」
「名前はカイトよ。快いという字に北斗七星の斗。学校は――」
あたしが観念したと思ったのか、夫人は素直に答えた。息子を自慢したいという気持ちもあるんだろう。学校は誰でも知ってるような有名私立だった。あたしはそれとなく学校名を復唱して、「すごいですね」とつぶやいた。
「それで、松田さんの奥様。息子の松田快斗さんの性欲を解消して勉強に集中できるよう、あたしに快斗さんとセックスしろとおっしゃるんですね? 高校一年生のあたしを三十万円で買って、快斗さんとセックスしろと。あたしがイヤだと言っているのに」
「あなただって警察沙汰はいやでしょう」
「たしかにあたしはご主人と会いましたけど、ただ喫茶店でおしゃべりしただけです。あたしもご主人も奥様が心配してらっしゃるような破廉恥なことはしていません。なのに、こうして松田さんのお屋敷にむりやり連れてこられて、警察に突き出されたくなかったら快斗さんとセックスしろだなんて。脅迫じゃないですか。松田病院の財力であたしの体を息子の性的玩具にさせようなんて。あんまりです」
声を震わせて、絞りだすように言うと、松田夫人は多少とも罪悪感を感じたようだ。
「快斗と性行為をすれば、あなたを解放してさしあげます。お金も払いますよ」
そこであたしはスマホを取り出すと、ボイスレコーダーアプリを停止して、ボイスメモをメールで自分宛てに送信した。
「警察を呼ばれたら困るのは奥さんも同じだと思いますけど」
あたしがすました顔で言うと、松田夫人は自分にはよくわからないことが進行中なのに気付いて、不安な表情を見せた。
「いまの会話を録音しました。強要罪です。息子さんがあたしとセックスしたら強姦罪、奥さんは強姦の教唆犯ということになるのかな」
夫人は真っ青になった。たぶん温室育ちなんだろう。金持ちだけど、悪どいことには無縁らしい。慣れないことをするからケガをする。形勢逆転だ。
「もう帰ってもいいかな。息子の性欲解消ならデリヘル嬢を呼べば?」
「待ってください!」
立ち上がろうとしたあたしを夫人が制した。
「お願いです。どうか快斗と性交渉をしてください。お金なら十分にお支払いします。快斗に女性を教えてやってほしいのです」
「どーゆーこと? 高校生なら童貞でもおかしくないでしょ。別に初体験を急がせる必要なんてないと思うけど」
夫人はうつむいたまま黙ってしまった。中腰のままでは疲れるので、あたしは椅子に座り直した。
しばらくすると、夫人が沈痛な面持ちで紙袋から一冊の薄い本を取り出した。
「快斗の部屋にこんな本が……。ほかにも同じようなものが何冊も。わたしはショックで、もうどうしてよいやら……」
さて、どうしたものだろう。
あたしは笑いをこらえるのにかなりの努力が必要だった。唇がぷるぷる震えてしまうので、あわてて両手で口元を隠した。
夫人が取り出したのはよくあるBL同人誌だった。あたしは興味ないけど、クラスの女子にこういうのが好きな子が何人かいる。まあ、男子が持ってるのはめずらしいんだろうけどね。
要するに、夫人は自分の息子が同性愛者だと思って悩んでいるわけだ。
それで、あたしとセックスすれば息子が正常になると思ってるんだ。
世間知らずにもほどがある。
「さっきも言いましたけど、あたしは誰とでもセックスするわけではないんです。でも、一応、息子さんと会ってみましょう。奥さんの依頼を受けるかどうかはそれからです」
夫人はそれで納得したようだ。快斗くんはきょう塾で遅くなるというから、会うのは週末ということにした。写真を見せてもらうと、まじめそうなメガネ男子でルックスはフツーだった。まあ、父親の方とはセックスするつもりだったんだしね。それに勉強一筋の童貞クンに女を教えるということにちょっと興味が出てきていたってのもある。
とゆうわけで、次の日曜日の午後、あたしはあらためて松田邸を訪れた。
今回も客間に通されると、しかめ面で帰り支度をしている若い女性がいた。二十代半ばと見え、地味で化粧気がない。あたしに気付くと、露骨にいやな顔をした。
「こんなことをしてたら快斗くんはダメになってしまう。大事な時期なのに」
女性は軽蔑のこもった目であたしを見ながらそうつぶやいた。あたしが何を教えにきたのかは聞かされてるんだろう。あたしは肩をすくめると、
「あんた、家庭教師の女子大生? 奥さんから聞いてるよ。数学と英語を教えてるんでしょ? 大学生にしては老けて見えるね。ブスマンコで筆おろしはヤダって言われたの?」
「なんて下品な人! あなた、体を売ってて恥ずかしくないの? 奥様が決めたことだから仕方ないけど、快斗くんの勉強の邪魔だけはしないで」
「保健体育の勉強だって必要だよ。若い子は特にね」
そう言って微笑むと、女子大生はムスッとして足早に部屋を出て行った。
[援交ダイアリー]
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