第12話 エンジェルフォール (02)

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「はい。沙希ちゃんはカッコいいです。一条さんから聞きましたよ。バージンの女子中学生のフリをして百万円を巻き上げた話。わたしを助けに来てくれた時もカッコよかった。大人の男の人を手玉に取ってスゴイです。沙希ちゃんはわたしのあこがれです」

 あたしは照れて頭をかいた。

 美菜子ちゃんは父親から性的虐待を受けていた。援交しようと思い立った理由は父親への復讐だった。その父親はいまは別居していて、もう虐待されることはない。長いことマイナスだった美菜子ちゃんの人生はゼロに戻った。この子はそこに新しい自分を積み上げようと努力を始めたところだ。

 美菜子ちゃんは性的虐待の犠牲者である自分を消して、援助交際を楽しむ新しい自分をインストールしようとしている。もしもそれが間違いだったとしても、気づく頃にはもう手遅れなのだけど。

 あたしのせいだ。でも、あたしにとっても美菜子ちゃんにとっても、ほかに道なんてありはしない。

「あたしにしたら美菜子ちゃんの方があこがれの存在だよ。だから、いまみたいに友だちになってくれてすごくうれしい」

「わたしもうれしい。沙希ちゃんが援助交際に求めているものは何ですか?」

 あたしは遠い目をした。

 実際に遠くの方に目をやると、三年生の男女カップルが歩いているのが見えた。どこか目立たない場所でお弁当を食べてきたのだろう。うらやましいという気持ちがわいてきたので、自嘲気味に唇を歪めてその気持ちを打ち消した。

「あたしが求めてるのはロマンス。恋をしたいから。だって女の子だもん。変かな?」

「変じゃないけど、ちょっと意外」

「あたしは美少女に生まれたのだもの。生まれ持ったリソースを存分に活用したいじゃん。それができるのが援助交際というフィールド。あたしが援助交際で手にしたいものは三つ。お金、性的快感、そして恋のトキメキ。女は男に愛されてナンボでしょ。ヤリモクの人はそのどれも与えてくれないからイヤなんだ」

 美菜子ちゃんはあたしの言ったことをまじめに吟味してる様子。

「あんまり真に受けないで。美菜子ちゃんは美菜子ちゃんなりのやり方でやればいいと思う。あたしもカッコつけて言ってるけど、究極的には、誰かに愛されたい、その価値があるんだってことを証明したい、っていう、ただそれだけのことかも。その対価として支払うのが女子高生の幼いカラダってわけ」

 そう言って微笑んだ。

「わたしは恋のトキメキはよく分からないですけど、沙希ちゃんみたいにお金と性的快感はがんばりたいです。わたし、『イク』っていうのを早く経験したくて。コツとかあるんでしょうか。どんな感じですか?」

「言葉で説明されてもピンとこないと思う。でも、イッたときは分かるよ。『ああ、これがイクってことなんだ』って。でね、次にイッたときにはこう思う。『あれ? 前回のときよりずっと気持ちいい。これがほんとにイクってことだったんだ』って。そうして新しい発見を繰り返して、どんどん気持ちよくなっていくんだ。そうなるともうセックスの虜になっちゃうよ」

「早くそうなりたい。だからやっぱり一条さん以外の男性ともセックスしたいです。それで、わたしマッチングアプリを試してみようと思って、きのうサイトに登録してみたのですけど」

「そうなんだ。見せて見せて」

 美菜子ちゃんはスマホを差し出した。マッチングサイトのプロフィール画面が表示されていた。写真入りだ。モデルをやってる子とは思えない野暮ったい服と髪型にダサメガネ。ちょいブスに加工もしてあるみたい。

 なるほど、普通とは逆のアプローチか。プロフィールは、

『はじめまして。ミーナって言います。初めて登録してみました。LJKです。将来はファッションの仕事をしたくて勉強がんばってます。経済的に余裕のある年上の男性と知り合って、いろいろお話ししたいです。まだお酒は飲めないけど、大人の世界をやさしく教えてほしいです』

 さりげなく援助交際を匂わせる文面。この子、けっこうやり手なのかも。

「年齢確認はうまく誤魔化せましたけど、十八歳だってことにしてあります。ほんとは高校二年の十六歳だって、どのタイミングで打ち明けるのがいいんでしょうか」

「十八歳ってことで押し通した方がいいかも。その方が相手の人も安心できるんじゃないかな。犯罪になるわけだし。もう何人かの男からお誘いが来てるみたいだけど、気になる人はいた?」

「いいえ。なんだかどの人も露骨に体の関係を求めてて、気持ち悪くて……」

「それでいい。とにかく焦らず慎重にね。でも安心した。あたしが援交始めた頃より、よっぽどうまくやっていけそう。あたしもマッチングアプリやろうかな」

「ぜひ。いっしょにがんばりましょう。とりあえず、明日は一条さんと会うんですけど」

「あいつめ。たまにはあたしも指名するように言っておいて」

 というような感じで、女子高生たちのお昼休みは過ぎていったのだった。

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