ピンクローターの思い出(09)

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 見たことのない古い本の数々。まどかは圧倒されて言葉も出ない。まだ知らない物語、まだ知らない世界がこんなにたくさんある。図書室で読んだ児童向けの『赤毛のアン』に続きが何冊もあることを知ったときのように、胸の奥が沸き立つのを感じた。

 何も言わないまどかに戸惑ったのか、雄太が咳払いをした。

「女子の好みとはちょっと違うかもな。そうだ、このあと本屋さんに行ってみない? 新田がどんな本が好きなのか知りたいな」

 まどかは表情を曇らせた。

「あたしといるところをクラスの誰かに見られたら、中川くんに迷惑がかかるから……」

「ハハハ、そんなの気にしなくていいよ。そりゃあ、冷やかされるかもしれないけど、ぼくもそういうのは気にしないし」

「でも、あたし……、女子のみんなによく思われてないから……」

 雄太は心配そうに微笑んだ。

「新田に嫌がらせしている女子がいるのは気づいているよ。宇田川さんも――、学級委員だからさ、心配してた。新田のことを妬んでるんだろうって言っていたよ。六年生になってから急に――、その……、キレイになったから、って」

 目をそらして照れながら言う雄太に、まどかも顔を赤くした。

 まどかは雄太の申し出を受け入れて、二人で街なかにある大型書店へ行った。お互いのオススメ小説を紹介しあったあとは、旅行ガイドコーナーで行きたい場所を話し合ったり、ファッション雑誌のコーナーで中学生になったときのコーデを考えたりした。まどかは学校では見せない雄太の素顔を知った。野球やサッカーよりウィンタースポーツが好きなこと、動物が苦手で犬に触れないこと、星や宇宙に関心があること、意外と最新のマンガやアニメにも詳しいこと。書店を出てから、屋台でソフトクリームを買って食べた。夢のような時間だった。生まれて初めて好きな男の子とデートしたのだ。

 三連休明けの火曜日。まどかはいつにも増して女子の視線がキツイのを感じた。無視されるのはいつもどおりだけど、『ソープ』という単語が何度も聞こえてくる。クラス中の女の子たちがさかんに陰口を言っている。雄太とのデートを目撃されたのだとすぐにわかった。悔しいけどガマンするしかない。それよりも雄太が悪く言われないかと、そっちの方を心配した。

 その日は学期末の大掃除があった。各自の机に椅子を載せて廊下に出す。まどかは教室担当のグループだったので、ほうきで床を掃いた。机を元に戻す段になって、机を運んでいた女子が思わず叫んで机を放り出した。

「ヤダァー、これ、ソープの机ッ。ヒーッ、手が腐る!」

 それを見ていた別の女子が、ケラケラ笑いながら、

「うわ、こっち来るなよ。リンキン! リンキン! スピロヘータ!」

 二人は鬼ごっこのようにはしゃいでいたが、すぐにその場にまどかもいることに気づいて立ち止まった。まどかがうつむいて泣き始めると、二人は腹を立てて寄ってきた。

「新田さんが悪いんだよ。宇田川さんが中川くんと付き合ってるの知ってるでしょ? ひとの彼氏に手を出すの、もうやめなよ。女子のみんな、怒ってるんだからね」

「そのイヤラシイ服、脱ぎなよ。どうせエンコーで買ったんでしょ。ねえ、みんな、この子を体操服に着替えさせるの手伝って」

 興奮した二人がまどかを押さえ込もうとしていると、外掃除から戻ってきた優子が割って入った。

「こんなイジメみたいなことやめて。新田さんがかわいそうでしょ。クラスの雰囲気だって悪くなるし」

 優子の言葉には皆が従った。まどかは優子に助けられたことで、ますます悔しさを感じた。涙が止まらない。誰も手を触れようとしないまどかの机を、泣きながら自分で運んだ。帰りの会の間も両手で顔を覆って泣いていた。担任は気にする素振りも見せず、まどかのことを無視した。

 帰りの会が終わって皆が教室を出ていったあと、ようやく泣き止んだまどかのところへ優子がやってきて、大丈夫かと聞いた。

「さっきはありがとう。宇田川さんが助けてくれなかったら、あたし……」

「中川くんが新田さんのこと心配してたよ。彼、誰にでも分け隔てなく優しいから。それでね、新田さんはクラスの子と付き合いがなくて知らなかったのかもしれないから、はっきり言っておくね。わたし、バレンタインデーから中川くんと付き合ってるんだよね。だから、もう中川くんには近づかないでほしいのよ」

 付き合っているのは気づいていたが、本人から言われると胸が痛い。

「あたしは、ただ、中川くんと友だちになれたらって……、思ってただけで……」

 優子は大げさにため息をついて、まどかをにらみつけた。

「わたしの彼にちょっかい出さないでって言ってるの。エッチな服を着て色仕掛けでどうにかできると思ってるの? すごくバカにされた気分」

「あたし……、そんなつもりは……」

「じゃあ、どういうつもり? 新田さん、援助交際してるでしょ? わたし、知ってるよ。学校帰りによく男の人の車に乗せてもらってたよね。キスもされてた」

 まどかは視界がゆがむのを感じた。めまいがする。息ができない。

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