お父さんの顔を見上げた。わたしが見つめるとお父さんは目を伏せて、
「莉子ちゃんの言うとおり、ぼくは最低の人間だ。でも、ダメな自分から抜け出したいと思った。ぼくは自分を変えたい。娘であるきみにとって恥ずかしくないような人間に変わりたいんだ」
「だからって、ふたりがセックスしなくても――」
「わたくしは子供が欲しいのです」
さらりと述べられた爆弾発言に言葉を失った。
「ほんのちょっと考え方を変えるだけで世界が変わって見える、と莉子お嬢さまはおっしゃいました。確かにそのとおりですわ。お嬢さまと出会ってからのこの数日間、とくに昨夜のことが、わたくしを大きく変えたのです。人生にはまだまだ探検すべき世界があるのだと、いまのわたくしには感じられるのですよ」
口をパクパクさせていたわたしはようやく喋れるようになると、
「つまり、その、お父さんともなかさんは、けっこ……」
「そうではありませんわ。栄寿さまにはいずれ、ふさわしいご結婚相手が現れることでしょう。わたくしのようなどこの馬の骨とも知れぬ女は夏目家には合いませんし、わたくしも結婚を望んではいません。わたくしたちはそのような関係ではないのです。わたくしと栄寿さまはただ契約――」
「家族、だよ」
あずきさんがもなかさんの首に抱きつきながら言った。
「あたしたちはみんな、とっくの昔に家族なんだよ。そうでしょ? あたしに相談してくれたってよかったのに」
「ごめんなさい、あずき。あなたの気持ちを考えると、言い出せなかったのよ」
「バカ。あたしにとっては、もなかの気持ちがいちばん大切なんだから。だいたい、あんた、きょうは安全日なんだからセックスしても妊娠しないよ」
「え? そうなの?」
「学校で習ったでしょ。それに、言わせてもらえれば、やっぱり子供には父親役が必要だと思う」
「そうとも限らないわ」
もなかさんがわたしの手を取って微笑んだ。確かにわたしのママはシングルマザーだったものね。けれど、もなかさんはあずきさんの言葉の含みに気づいたらしく、
「でも、父親役の人はいたほうがいいかも知れないわね」
「三度目の正直ってやつ? それとも、仏の顔も三度? あんたが一言『はい』と言ってくれりゃいいのよ」
「あたしは栄寿さまとセックスしたわ。これからもするわよ」
「あたしもするさ。そういう約束だったんだから。だけど、家族なんだからセックスしたって構わない。それは恋愛とは別だよ」
誰もがそれぞれの経験をして、それぞれに考え、それぞれに変わっていくんだ。ばらばらに壊れてしまったと思ったのに、次の瞬間、すべてがあるべき場所に収まったようにぴったりとくっついている。そういう巡り合わせは考えてどうこうできることじゃないんだろうな。
「もなかのことが好きだ。結婚を前提に付き合ってほしい」
あずきさんの言葉にもなかさんは目を閉じた。それから、あずきさんの手を取って、
「はい」
と答えた。
世界のすべてが変わった瞬間だった。
つづく
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