というわけで、日曜日。
駅前広場の時計の下で待ち合わせ。
髪を三つ編みおさげにして、メイクはマスカラとリップクリームだけ。ネイビーのセーラーコートに、足元はストッキングに白ソックスを重ね履きして、靴はスニーカー。あたし自身の素材の良さをアピールしつつ、ちょっと隙を作っておく。
現れた一条さんは、黒のメルトンジャケットにカーキのカーゴパンツをラフに着こなしていた。背筋がピンとして、年齢より若々しく見える。
あたしが近づくと、一条さんはすぐに気付いた。
「こ、こんにちは。あたし……、沙希です……」
「やあ、沙希ちゃん。一条です」
一条さんは身をかがめて目線の高さをそろえると、すこし緊張した面持ちで笑った。
あたしは、どうしていいかわからない様子に見えるよう、もじもじしてみせた。
「近くのカフェに行っておやつでも食べようか。沙希ちゃんは時間だいじょうぶ?」
「は、はい。だいじょうぶです」
あたしは不安そうな顔で大きくうなずいてみせた。
特に会話を交わすこともなく、駅からほど近い大きなオフィスビルまで歩いた。連れて行かれたのはそのビルの一階にある、ガラス張りの明るいお店だった。
席につくと、プレゼントの包みを開けるようにセーラーコートを脱いだ。あどけないパステルピンクの服で印象を変える。一条さんの瞳孔が開くのが見えた。
『おとなしそうだけど、ちょっと背伸びしてみたい気持ちも持っている。押しに弱そうだし、強引に迫られたらイヤとは言えないタイプだな』
こんな印象を与えたはずだ。
男の人の性的な視線というのはすぐわかるものだ。一条さんはあたしをいやらしい目で見てる。でも、緊張してる様子からすると、たぶん素人の少女を買った経験はないんだろう。ここからは、怖気づいて逃げ出さないようキープしつつ、安売りもしないように持っていかないとね。
「あたし、早く家を出て一人暮らししたいんです。だから、お金が必要で……」
と、水を向けてみた。一条さんはさぐるような視線で、
「お母さんとうまくいってないの?」
「お母さんともだけど……、お母さんの知り合いの男の人が最近よく家に来るから……。あたし、あの人キライ。いつもお酒臭いし。それに……、いやらしいし……」
弱々しい口調で言うと、一条さんの目に複雑な色がやどった。ためらっていたらほかの男に先を越されるかも? いたずらされても親には言えなさそうだ? 家出するつもりなら本気でお金を必要としてるにちがいない?
一条さんに考えさせる間をおいてから、こんどは切実な表情を作って、
「あたしみたいな中学生じゃ、株でお金を増やすのはやっぱり無理でしょうか? デイトレーダーになるのって難しいですか?」
「うーん、無理ということはないけどね。でも、世の中、そんなに簡単にはいかないよ」
そう言いながら一条さんはかばんからタブレットを取り出した。そしてブラウザでどこかの証券会社のサイトに接続すると、あたしに見せた。
「デイトレードはそんなに難しくないんだ。経済の知識も必要ない。たとえば、この会社のチャートを見てごらん。株価が上がったり下がったりしているだろ? 下がったときに買って、上がったときに売る。基本はそれだけさ」
「それだけ……?」
「株価が千円のときに一万株買ったとするだろ。その直後に一円上がったところですぐに売る。たった一円でも一万株ならそれだけで一万円の儲けになる。これを一日に十回繰り返せば十万円だ。どの会社の株も常に一円や二円は変動し続けているから、チャンスはいくらでもある。一日で十万なら一ヶ月で二百万になる」
「す、すごーい」
あたしは目を輝かせて素直に驚いたフリをした。でも、すぐに暗い表情に戻って、
「あ……、でも、千円の株を一万株買うとなると……、一千万円……。あたし、貯金が十万円くらいしかないです」
「沙希ちゃんはいくらくらい必要なの?」
「とりあえず、百万くらい……」
ちょっと大きく出たけど、さっき買い付け余力に三千万以上の額が表示されてたのを見逃してはいない。
「女子中学生にもできる、もっと簡単に大金をかせぐ方法があればなぁ……」
「うーん、それにしても百万かあ……。普通の大人の半年分の給料だな。中学生にとって、簡単には稼げないお金なのはわかるよね?」
一条さんはためらいがちに言った。援助交際を切り出すかどうか迷ってるんだ。
株で大勝したときにはデリヘル嬢を呼んでるだろうことは想像できる。セックスの経験も豊富そうだ。右手の爪を深爪しそうなくらい短く切ってることでわかる。
それでも犯罪行為におよぶことに二の足を踏んでしまうんだろう。
けれど、チャンスをふいにするタイプでもないはずだ。
[援交ダイアリー]
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