下田先生はあたしの髪に手を伸ばし、スーパーの生鮮食品売り場で桃の熟れ具合を確認しようとして傷をつけてしまうおばさんみたいに触った。
悲鳴こそあげなかったものの、思わず身を引いた。
あたしはこの体育教師が嫌いだ。イケメンで明るい性格だから、女子生徒には受けがいい。でもこいつがしているのは陰湿なセクハラだ。それに入学当初からあたしのことをいやらしい目で見ている。最初はこの先生のことが本当に怖かった。そのうちに襲ってくるんじゃないかと不安でたまらなかった。そもそも担当学年が違うから学校内で接点なんてないのに、あたしの名前を知っていて髪型の変化までチェックしてるなんて、どう考えてもストーカーの異常者だ。
もっとも、いまのあたしは下田先生が中身がからっぽのバカだとわかっているから、以前のような恐怖は感じない。ただただ嫌悪感を感じるだけだ。
「んー? 美星、お前また胸が大きくなってないか? ちゃんとブラジャーをつけているだろうな。下着をつけないのは校則違反だぞ」
ニタニタ笑いながら両手をワシワシ近づけてくる。もちろん本気ではなく、女子生徒とのコミュニケーションのつもりで冗談を言っている――すくなくとも先生本人はそう思っているのだろうけど。こんな男がどうして女子に人気なのか理解できない。
その下田先生が別の教師に突き飛ばされた。こんどは藤堂先生だ。
「下田先生、いくらなんでもいまのセクハラは見逃せませんよ」
藤堂先生は下田先生からあたしを庇うように前に立つと語気を荒らげた。まあ、お前が言うな、というやつだ。変態のくせに。
「失礼だな、藤堂先生。軽いジョークですよ。そういえば先生は美星のクラスの担任でしたね。たくさんの美少女に囲まれていると先生もムラムラして大変でしょう。せっかく再就職できたんだから、また問題起こしたりしないでくださいよ。じゃあ、美星、困ったことがあったらいつでも相談にのるからな」
下田先生はさっきとは打って変わって爽やかな笑顔を見せた。
藤堂先生は昨日と同じムスッとした顔で、あたしの肩に手をやって、下田先生から引き離した。そのまま校舎の方に歩くよう促してきた。
こんなふうに体に触るのもセクハラですよ、藤堂先生。
あたしの無言の抗議に構わず、藤堂先生はあたしの耳元に顔を近づけると、
「美星、お前とふたりだけで話したい」
と、ささやいた。あたしは一気に緊張した。
「は、話って、な、なんですか……」
「俺たちは以前にも会っているだろう? そのことで美星とゆっくり話を――」
「先生とは昨日が初対面です! 前に会ったことなんてありませんよ」
声がうわずった。もっと落ち着いて対応しろ、沙希。
「おいおい、忘れたなんてことはないだろ? あのときのお前の姿を思い出さない日はなかった。まさか、こんなところで再会することになるとは」
こいつ、あたしが再会を喜んでいるとでも思っているのか。こうやって話しながらあたしが悶えていた様子を思い出しているのかと思ったら、恥ずかしいのと同時に腹が立ってきた。
「し、知りません! わけのわからないこと言わないでください」
しかし、先生はあたしの両肩をつかんで自分の方を向かせた。
「沙希、俺は――」
顔を覗き込まれた。キスされるんじゃないかと気が気じゃない。こんなのもうセクハラじゃすまない。
ヤダァ!
「ちょっと! 何してるんですか!」
別の教師が藤堂先生を突き飛ばした。
保健室の先生でカウンセラーの久美子先生だった。久美子先生はあたしを両手で包み込んで庇いながら、藤堂先生をにらみつけた。
「藤堂先生には後ほどお話があります。いいですねッ」
久美子先生は唖然とする藤堂先生を尻目に、あたしを連れて校舎の方へ歩きだした。あたしはホッとして、久美子先生にもたれかかった。
「あの先生、怖い……」
あたしが半ベソをかきながら訴えると、久美子先生はあたしをやさしく抱いて、
「大丈夫、もう大丈夫だから。美星さんもあとで先生とお話しようか。先生もひさしぶりにあなたと話したい」
「うん……」
久美子先生の腕の中でちいさくうなずいた。
藤堂先生はあの日のことをはっきり覚えていた。
あたしがあの日の子だとわかっていた。
その上であんな態度を取ってくるなんて……。
しらを切り通せばいいと思っていたけれど、あれじゃ納得してくれそうにない。
どうしよう。なんとかしないと……。
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