「沙希ちゃん、ちがうんだ」
「何がちがうんですか? いろいろ相談にのってくれて、優しくしてくれて、セックスだって毎日してくれて、あたしの作ったごはんをいっしょに食べてくれて、同棲してくれて……、好きだって言ってくれたのに。ぜんぶウソだったんですか?」
「沙希ちゃんのことは好きだよ。それは本当だ」
言い訳するギリさんのとなりで柴田が苦笑いした。
「カタギリさん、俺たちの方が分が悪いですよ。名前と会社を知られちまったんじゃ」
と、こんどはあたしの方を向いて、
「カネが欲しいんだろ? 一回十五万だったっけ? 払ってもいいが、いくらなんでも高すぎだ。お前が美人なのは認めるが、相場ってもんがあるだろ。カタギリさんもいいですよね? こいつはカネが目的で援交してるんです。カネを払えば退散しますって」
ギリさんは口ごもった。
「ギリさん……。ウソだよね? だって、ギリさんとはあのサイトでたまたま知り合ったんだよ。あたし、援助交際してるなんて一言も言ってないじゃん。柴田とだって行きずりの関係で、互いのことなんて知らないはずなのに……。なのに、どうして? どうしてふたりが知り合いなの? そんなのありえないじゃん」
「たまたま知り合ったんじゃないんだよ、沙希ちゃん」
「意味わかんないよ」
すると、柴田が困った顔で大きく息を吐きだして、
「しょーがねえな、カタギリさんは。もうぜんぶ話してやるよ。俺たちは最初からお前を狙い撃ちにしてたんだ。先月お前が援交した男のことを覚えてるか?」
「先月のいつ?」
「うわぁ、先月だけで何人も援交してんのかよ、こいつ。三週間くらい前だよ。そいつがうちの新入社員だったわけだ。で、お前にぼったくられた。貯金を全額引き出させた上、カードローンで借金させたそうじゃないか」
ようやくどの男のことかわかった。三回やって三回とも早漏ですぐ果てたヤツだ。
「その話を聞いて、仇討ちにタダマンしてやろうと思ったわけだ。カタギリさんを誘って、お前が使ったいくつかのメールアドレスをあちこち調べたら、とあるSNSで使われていることがわかった。援交掲示板でもお前を見つけた。それで、俺とカタギリさんとで、どっちが先にお前とタダマンするか競争することにしたのさ」
「そんなのウソだ! ギリさん言ったよね。奥さんの不倫ですごく傷ついてて、自分の娘だと思って育ててた子が実はほかの男の子供だとわかって、あたしのお父さんと同じように苦しんでて……。だから、ギリさんはあたしを助けてくれようとしたんでしょ? あたしだってギリさんのために何かしてあげたくて、だから――」
「ごめん、沙希ちゃん。ぜんぶウソだ」
「でも……、でも、だって奥さんと別居してアパートに住んでたじゃん」
「ぼくは単身赴任してるんだ。あのとき話した内容はぜんぶデタラメだ。絆創膏のことをごまかすためにとっさに考えたんだ。娘はいない。息子がふたりいる」
「ウソ……言わないでよ……」
「きみをだましたことは悪かった。でも信じてくれ。沙希ちゃんのことは好きだったよ。楽しかった。でも、こうなった以上、終わりにしよう。いくら払えばいい?」
ギリさんが何を言ってるのかわからない。
手足がしびれてきた。頭がフラフラする。体中が熱い。全身がむずむずする。
たまらなくなって、悲鳴をあげた。
通学バッグからギリさんのために作ってきたお弁当の包みを取り出して、それを大理石の床に叩きつけた。
「なんでだよ!」
弁当箱を拾い上げて包みをほどくと、蓋を開けた。
タコさんウインナーと玉子焼きをつかんでギリさんに投げつけた。
「なんで! なんでだよ! 相談にのってくれるって言ったじゃんか! 話を聞いてくれるって言ったじゃんか!」
握りしめて潰れたプチトマトをギリさんに投げつけた。
「あたしが話したことはぜんぶホントのことだよ! 何度も強姦されて、いじめられて、つらくてたまらなかった。信じてたのに! 好きだったのに! 愛してもらえたって思ったのはあたしだけのカン違いで、ほんとは体が目的だったのかよ!」
海苔で文字を書いたごはんを玉にしてギリさんに投げつけた。
「抱きしめてくれて……、うれしかったのに……」
最後に弁当箱をギリさんの顔にぶつけた。
「こんなのってないよ!」
涙が出ない。悲しくてたまらないのに。くやしくてたまらないのに。
もう、どうしていいかわからない。
「あたし……、死ぬから」
何も言わないギリさんをにらみつけてそう言うと、あたしはビルの出入り口に向かって駆け出した。遠巻きに見ていたやじうまを押しのけて。
[援交ダイアリー]
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