脱がせ鬼(02)

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 バッテリー残量はまだ十分あったはず。街灯が消えてしまったのも、停電というわけではなさそうです。遠くに見えるマンションには明かりがついている窓も見えました。

 あたりはすっかり闇に包まれていました。墨汁を入れたプールの中にいるような感じです。手が届く場所にある街灯の支柱も、かすかに輪郭がわかる程度。

 わたしのいるあたりだけが真っ暗になっていました。

 急に息苦しさを感じて、つばを飲み込みました。

 このままここにいてはいけない……。

 直感的にそう思いました。

 そのときです。

 暗闇の中に何かがいるのに気づいたのです。

 闇よりも黒い何か。

 真っ暗なので距離感がうまくつかめませんでしたが、街灯の間隔よりも近い場所に、それはいました。人の背丈ほどの何かです。波打っているようにうごめいていて、小魚の群れを連想させました。

 足がすくんでしまい、わたしはその何かから目を離せずにいました。

 するとその黒い塊のなかに、真っ赤に焼けた鉄のような丸い光がふたつ灯りました。

 目玉です。

 わたしをじっと見つめるまばたきをしない真ん丸の目玉。

 そのとき、波打つ黒い影が大きく広がったように見えました。

 波打っているよう見えたのは、何十本もの真っ黒な腕だったのです。

 その何かが千手観音のように腕を広げたのでした。

 わたしはその正体に気づきました。

 これが現実だとは信じられませんでした。

 わたしの精神がとうとう壊れてしまったのだと思いました。

 脱がせ鬼――。

 さっき友人から電話で聞かされたとおりの姿をしていました。

 逃げなきゃ……!

 そう思ったのですが、恐怖で足がうまく動きません。

 砂の入った袋を巻きつけられたように足が重く感じられました。

 それで一歩あとずさった拍子に自分で自分の足につまずいてしまい、転んで尻もちをついてしまいました。

 脱がせ鬼はゆっくり近づいてきました。足があるのかは見えなかったのですが、空中をスーッと滑るように、まっすぐこちらに向かってくるのです。

 完全にわたしに狙いをつけています。

 誰か通りかかる人か、あるいは車が来てくれないかと願いましたが、ここにはわたしひとりです。十キロ四方にはわたし以外に人間はいないんじゃないかとさえ思えました。

 神頼みは通用しない、自力で切り抜けるしかない……。

 そう思って動かない体に鞭打って、なんとか立ち上がり、よろよろと駆け出しました。

 その瞬間、脱がせ鬼が猛スピードで追いかけてきました。

「いや、来ないでッ!!」

 必死に逃げようとしました。

 けれど、数歩もいかないうちに、足首をつかまれました。

「あぁッ!」

 前につんのめって倒れそうになったわたしの二の腕を別の手がつかみました。

 さらに別の手に両肩をつかまれ、髪を引っ張られました。

「やだぁ、やめてーッ」

 獲物に群がるピラニアの群れのように、無数の手がつかみかかってきます。

 両手両足を何本もの手で押さえつけられました。

 逃れようと懸命にもがいても、万力で固定されたみたいにびくともしません。

「誰かぁーッ、誰か助けてー!! たすけングッ……」

 叫び声をあげると、後ろから口を押さえられ声を封じられました。

 体温のない、死体のように冷たい手。実際に死体に触ったことはありませんが、かさかさに乾燥したその手の感触は、まったく生気を感じさせません。

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