「ガウンがないぞ」
「ここに『必ず全裸になってください』って書いてあるわ。さっきの人も、着ているものはぜんぶ脱いでから先に進むように、って言ってたし。どうやら、裸になって、あっちのドアに進むようね」
美緒が入ってきたのとは反対側の壁にあるドアを指して言った。
「ぜ、全裸……だと?」
「なぁに、彩香? 恥ずかしがることないじゃない。女同士なんだし、わたしたちふたりだけしかいないんだから」
すでに美緒はクロップドパンツを脱ぎはじめていて、やたらとセクシーな黒の下着につつまれた丸いお尻をさらしていた。彩香は思わず目をそらした。
高校生のとき学校のシャワールームで美緒の裸体を見てしまったときのことが思い出されて、顔が熱くなるのを感じた。美緒の体はまるで内側から輝いているように神々しく思えて、しばし見とれてしまったものだ。あのときと同じ胸の高鳴りを、いまも感じている。親友に対して性的な興味を向けてしまう自分を恥じた。
「彩香ってカワイイよね。美人でスタイルもいいし、元気があって、なんだか妹っぽい。男の人が放っておかないのもわかる」
「いや、あたしなんか――」
彩香が横を向いているあいだに、美緒は着ているものをすべて脱いでしまっていた。あっけらかんとして、胸や股間を隠そうともしていない。彩香はまた目をそらして、着ていた花柄のサマーワンピを脱ぎはじめた。恥ずかしくてたまらない。
自分は同性愛者ではない、と彩香は思った。現に何人もの男性と付き合ったし、セックスもした。それがそれほど楽しいと感じられたわけではないが、単に女子校育ちで男性との距離感をうまくつかめないため、要するに経験不足のせいだと考えていた。
美緒もまた同性愛者ではない、と彩香は思った。高校のとき、同じクラスにレズの子がいた。別のクラスの子に告白して玉砕したのだが、その話を聞いた彩香は言いようのない嫌悪感を覚えた。それで美緒に「あの子は異常ではないか、女同士なんてキモチ悪い」と言ったとき、美緒はいつもと変わらない笑顔で「たしかに普通ではないわね」と答えたのだ。
美緒に男性とのセックスの経験があると聞いて親友を取られたような気分になったのはたしかだが、だからといって同性愛ということにはならない。女子校出身者にはよくある話にすぎない。
下着も脱いで全裸になると、
「彩香の胸って形がキレイだなぁ。わたしなんか垂れ気味だから、うらやましいわ」
と美緒が言うので、赤くなった彩香はあわてて両手で胸と股間を隠した。
美緒はただ笑って、ドアの方へと歩いていった。彩香も黙って後を追った。
重いスチール製のドアを抜けると、細長い通路になっていた。のっぺりした白い壁の通路の前方を黒い物体がふさいでいる。それは人の背丈ほどもある巨大なブラシのように見えた。ちょうど、ガソリンスタンドにある自動洗車機にそっくりだ。
彩香たちが途方に暮れていると、どこからともなく音声がひびいた。
『まずは体を殺菌洗浄します。オゾン水の力で貴女の体の隅々まで殺菌消毒、高速回転するスーパークレンジングブラシが肌の表面の雑菌や汚れを除去します』
さっきの店員の声だ。
『すべて全自動ですから、貴女はただそこに立っているだけ』
すると突然、床がベルトコンベアのように動き出した。同時に、上下左右の壁から勢いよく水流が吹き出し、彩香と美緒に浴びせられた。さらに、ぎゅいぃぃぃん、という音とともにブラシが回転を始めた。
「うわわわっ」
もう恥ずかしがって体を隠している場合ではない。彩香は美緒をかばうように前に立つと、獲物に襲いかかる猛獣のように迫ってくるブラシに、あっという間に飲み込まれてしまった。ぎゅっと目を閉じて体を固くする。
「あはははは、いやーん、くすぐったぁい」
美緒の声で我に返った。
ゆっくりと目を開ける。高速回転するブラシは行きつ戻りつしながら、彩香と美緒の体をこすっている。ブラシの毛は柔らかく痛みはない。むしろ羽毛に揉まれているような気持ちよさだ。そのままじっとしてブラシにされるがままになる。
やがてブラシが後方へと移動していった。吹き出していた水流がやみ、通路の前方に金属製のドアが現れた。
美容院でシャンプーが終わったときのような気持ちで呆然としていると、こんどは壁から温風が吹き出した。動く廊下にのって次のドアの前まで運ばれていくあいだに、体はすっかり乾いていた。
『いよいよスペシャルコースが始まります』
という声とともに、前方のドアが開いた。
そこにはおかしの街がひろがっていた。
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