重苦しい空気が流れた。
村岡さんはかすかに目を潤ませていた。あたしはこの人の心のやわらかい部分を突いてしまったのだと感じた。
あたしは何と言っていいかわからず、ただ、
「……ごめんなさい。言い過ぎました」
とだけ言って、頭をさげた。
援助交際のことを責められたからといって、村岡さんを傷つけていいわけがない。あたしはいましがたの自分の態度が恥ずかしくなった。
「確かにぼくは沙希さんのことをよく知らない。ひどいことを言って悪かった」
村岡さんは椅子に座りなおすと、神妙な顔つきで言った。
「沙希さん、きみはすごく美人で可愛らしい子だ。礼儀正しいし、頭もいい。とても売春するような子には見えない。もしかしたら、きみには何か事情があるのではありませんか? 家のことや学校のことで悩んでいるとか。よかったら話してくれないか。きみの力になりたいんだ」
「お説教の次はおせっかいですか?」
援助交際する子は家庭に問題を抱えている、というのが世間的に言われていることだ。
たしかに、あたしの家庭は問題を抱えていた。
父親からの性的虐待、母親の不倫、売春の強要、レイプビデオ。
そもそもの元凶はあたしが生まれたことだ。
自分のことが生ゴミにしか思えなかった中学の頃、あたしは初めて自分から体を売った。
だけど……。
援助交際で知り合った人から、セックスが素晴らしいものだってことを教えてもらえた。
恋をする気持ちも取り戻せた。
いまも援助交際をしているのは、誰かを愛したいからだ。
いまのあたしは自分に課せられた運命の中で精一杯生きている。
誰かを好きだと思えて。
その人から必要とされて。
愛してもらえて。
ふたりで気持ちよくなれる。
その上、お金までもらえるんだ。
それで十分だと思う。
「おせっかい、か。たしかにそのとおりだ。沙希さんの力になりたいと言ったのは大人の傲慢だったね」
あたしが黙っていると、村岡さんが自嘲するように言った。
「力になってほしいのはぼくのほうだ。ぼくは寂しかった。家族を失って、苦しかった。それで買春をしようなどと考えてしまった。恥知らずでバカな大人だ。その上で恥をしのんであらためてお願いします。父親と娘として、ぼくとデートしてくれませんか? きみのことをもっと知りたい。もうすこしきみといっしょにいたいのです」
「はあ? デートだけでも有料ですけど」
なにを言い出すかと思ったら……。
すこし迷ったような様子を見せてから、村岡さんはポケットからピンクのケータイを取り出した。さっき駅で使っていたのとは別のものだ。
「娘の遺品です。十七歳でした。娘はケータイで日記をつけていた。どうしようかと思いましたが、読まずにはいられなかった。それで知ってしまったんだ。娘は……」
そこで村岡さんは言いよどんだ。
「娘は援助交際をしていたのです」
そう吐き捨てるように言うと、苦渋に満ちた表情で目を伏せた。
村岡さんの娘さんが援助交際を? なるほど、そういうことか。
なんとなく村岡さんの考えていることがわかる。死んでしまった娘さんを助けることはもうできない。だから、娘さんのかわりにあたしを助けることで、自分が救われたいと思っているのだろう。あたしにとっては大きなお世話だけど。
「わかりました、村岡さん。デートの費用は全額男性持ち。ディナーは高級レストランがいいです。エッチなことはなし。料金は五万円でどうですか?」
村岡さんは安心したのか、笑顔になった。もう一度ポケットから財布を出すと、テーブルの上の一万円札にあと四枚の札を追加した。
「料金は前払い――、でしたね」
「ありがとうございます」
めんどくさいことになっちゃった。
村岡さんが援助交際をしているあたしを否定しようとする気持ちは理解できる。
だけど、もし夜までに村岡さんをその気にさせることができれば……。村岡さんがあたしの体を買うことになれば、それはあたしが認められたということだ。
あたしはパフェを食べ終わると、いたずらっぽい笑顔を見せた。
「それじゃあ、親子デートを始めましょうか。お父さん」
[援交ダイアリー]
Copyright © 2012 Nanamiyuu