(知らないうちに武一に嫌われるようなことしていたのかな。ううん、そんなはずない。エッチなことだってなんでもしてあげたんだもの。最初のセックスはあたしから誘ったけど、武一が求めてきたときはいつだってさせてあげた。たしかに三木本さんは美人だ。でも、目はあたしの方がかわいいし、脚だってあたしの方が長くて魅力的なはずだ)
由香が武一と付き合っていることは、クラスの女子ならたいてい知っている。宣伝しているわけではないから、なかには気づいていない子もいるだろうが、奏が知らなかったとは思えなかった。
(あれほどの美人だ。言い寄られたら武一の心が揺れることもあるだろう。武一は男子なんだから、体で誘惑されたらその気になるのもしかたない。一回くらいの浮気は許してあげられる。ほら、やっぱり武一のことはあたしがいちばんわかってあげられるじゃない。悪いのはあのビッチだ)
そう考えてなんとか自分を納得させようとしたが、武一の言葉が耳を離れない。
――お前はもう俺の彼女じゃない。
自分のすべてを否定されたように感じた。
そうこうするうちに、純が戻ってきた。ビニール袋を手に、はあはあと息を切らせている。大粒の汗をたらたらと流していた。
「天音先輩、か、か、買ってきました。ラムレーズン」
純は切れ切れに言いながら、アイスのカップを差し出した。
ひとりになりたくて追い払ったつもりだったのに、予想よりずっと早く純は戻ってきてしまった。由香は驚いたものの、この後輩が由香の望みをかなえるために全力で走ってきたのだと思うと、悪い気はしなかった。
「ありがと、純」
由香がパイントカップを受け取ると、純は袋に手をつっこんでスプーンを取り出した。小さなプラスチックのやつではない。カレーライスを食べるのに使うような大きなスプーンだ。
「料理部から借りてきました。これの方が食べやすいだろうと思って」
由香は心底驚いて、忠実な飼い犬をほめるような目で純を見つめた。
「あんたって、ほんとに気がきくわね」
武一はこういうときほんとに気がきかない奴だったな、と由香はかすかに思った。それが腹立たしくて、アイスの蓋を取ると、スプーンを乱暴に突き立てた。アイスは六月の暑さにほどよく融けていて、スプーンは深々と刺さった。そのまま大きな塊をすくいとって、口に押し込んだ。
「むぐうぅっ!」
眉間が痛い。アイスクリーム頭痛というやつだ。
かまわず飲み込むと、また大量のアイスをすくって口に入れた。
「おごぉぅ!」
キーンという痛みを感じた。
痛みをこらえながらアイスをぱくぱく食べ続ける由香を、純はとなりに座って楽しそうにながめていた。
パイントだからふつうのミニカップ四個分だ。十分食べられる量だが、一気に食べたので、口の中と喉と胃がすっかり冷たくなってしまった。おなかが痛くなりそうだ。由香はミニカップ一個分を残してギブアップした。
「あんたも食べる?」
「天音先輩と間接キスになっちゃいますよ」
と言いながら、純はカップを受け取って、
「アイスの食べ過ぎで凍死することもあるらしいですよ。一度にそんなに食べて、ラム酒で酔っぱらいませんか?」
「酔いつぶれるほどお酒を飲んだらどんな感じなんだろうね」
由香は力なくつぶやいた。
お酒を飲んだことはなかった。大人の女が失恋の痛みを忘れるためにするというやけ酒をやってみようか、と思う。
(そうじゃない。失恋したわけじゃない。彼氏が浮気をしただけだ。きっとあたしのところへ帰ってきてくれる)
アイスのおかげか、冷静に思い直した。やけを起こしても意味がない。
純は黙ってアイスを食べ始めた。
「あたしさぁ、彼氏とケンカしちゃったんだよね。それでいまちょっとうまくいってないんだ」
純がなにも訊かないので、由香は自分から打ち明けた。
「そういうのって、つらいですよね」
「純が買ってきてくれたアイスで、きょうのところは元気出た」
由香がむりやり笑顔を作ると、純も微笑んだ。
「ぼくはいつでも天音先輩の味方ですよ。なんだってしますから遠慮なく言ってください。そのぅ、ぼくは先輩のことが好きなんです」
「なまいきね」
そう言って、由香は純のおでこを小突いた。
[失恋パンチ]
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