第16話 世はなべて事もなし (02)
車は東屋の前で急停止し、三人の中年の男が降りてきた。口ひげとスキンヘッドと小太り。あいつらだ。
「おい、何をチンタラやってるんだッ」
と、口ひげの男が川口に怒鳴った。川口が舌打ちした。もうすこしであたしを落とせたのにとでも思っているんだろう。
あたしは駆け出した。口ひげの男があたしに向かって何か怒鳴った。池のまわりを回って林の中に駆け込む。木が茂っているせいで、山の中に迷い込んだような気がした。
男たちが追いかけてくるのを確認して、立ち止まった。
振り向いて男たちを見た。男たちも立ち止まって、様子をうかがうようににじり寄ってくる。あたしが怖がったり不安そうな顔をしていないので、本能的に用心深くなっているんだ。
「逃げても無駄だ。このあいだのつづきをしようじゃねえか」
と、口ひげの男が言った。
あたしは何も答えず、意味ありげに肩をすくめてみせた。男は何かがおかしいと感じてためらう表情をみせた。
そのときだ。最後尾にいたスキンヘッドの男が吹っ飛んだ。
スキンヘッドは小太りと川口を突き飛ばすような形で倒れ込んだ。三人の男たちが一斉に背後を振り返った。
背の高いハンサムな男性がにらんでいた。
鷹森蓮司さんだ。
「お前たちか、このあたりで荒稼ぎしているのは」
蓮司さんの落ち着いた低い声。こんなときでもアソコに響く。
「なんだ、オメーはッ」
小太りが怒りにまかせて蓮司さんに殴りかかった。動きがいかにも素人っぽい。なるほど少女を押さえつけるくらいしかやったことがなさそうだ。
蓮司さんはすばやく両腕を構えると、左のパンチで軽く殴ったあと、体をねじりながら右ストレートを顔面に叩き込んだ。小太りは「ギャッ」と悲鳴をあげて膝が崩れた。蓮司さんは相手が倒れる前にみぞおちを殴り、こんどは左のストレートをお見舞いした。真っ青なアジサイの花に血しぶきが飛び散った。
「こ、この野郎ッ」
口ひげが声を震わせた。この男も喧嘩慣れしていないようだ。戦うか逃げるか決めかねている様子でキョロキョロしている。すぐにあたしと目が合った。
男の目に希望の光がやどった。あたしを人質にすることを思いついたんだ。でも、あたしの方に駆け寄ろうとしたところで蓮司さんに捕まった。
蓮司さんは男のみぞおちを殴った。体を折り曲げて苦しがる男の顔面をジャブで数発殴り、最後に右のフックでとどめを刺した。
仲間がやられるのを動けないまま呆然と見ていた川口が、自分が最後の一人だと悟ったからか、恐怖に顔を歪めて逃げ出した。あたしの横を通り過ぎようとしたときに、足を引っ掛けてやると、勢いよく転んで一回転した。蓮司さんがすかさず川口を捕まえた。
「仲間を放り出して自分だけ逃げるのか?」
冷酷な蓮司さんの言葉に川口は、
「お、俺は女に手を出してはいないッ。本当だ。下っ端で何も知らないんだ。見逃してくれ、頼む」
と、チビリそうな顔で懇願した。
「ダメだ」
蓮司さんが川口の腕をねじりあげると、気味の悪い音が響いて骨が折れた。川口が悲鳴をあげた。蓮司さんは折れた腕をつかんだまま容赦なくジャブを浴びせ、痛めつけてから最後にワンツーで弾き飛ばした。
男たちは四人とも立ち上がることができず、うめきながら地面に横たわっていた。蓮司さんが姿を現してから一分も経っていない。
あたしは男たちのポケットをあさって免許証やスマホを取り上げた。ヤクザふうの名刺は持っていない。となると半グレか。スマホはロックされていて中身を見れなかったので、ぜんぶ池に投げ捨てた。
蓮司さんが男たちのケガの具合を確かめていると、最初に気絶させられていたスキンヘッドが目を覚ましてうめき声をあげた。蓮司さんを見て、
「テメエ、何者だ」
とかすれた声で言った。蓮司さんはかすかに笑って、
「お前だけどこも骨折していないな」
と言うと、躊躇せず右肘を折った。スキンヘッドが女のような悲鳴をあげて失禁した。
「お前ら、マズイ女に手を出しちまったな。次は殺すぞ」
蓮司さんはそう言って立ち上がると、泣きわめく男のこめかみを蹴って気絶させた。
あたしは蓮司さんに駆け寄って、子供のように抱きついた。
エンジェルフォールに行ったときに拉致事件のことを話したら、「その連中に分からせる」と蓮司さんが言い出していまに至るのだ。
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