ないしょのお兄ちゃん (02)

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壮一郎の気持ち

駅まで全力疾走したおかげで一本早い電車に乗れてしまった。呼吸を整え、心臓の鼓動が落ち着いてくるにしたがって、全身にどっと汗が吹き出した。額の汗をぬぐい、ドアにもたれて立った。列車が動き出すと、俺は大きく息を吐き出した。

実際のところ、ここまで急ぐ必要はなかったのだ。しかし――。

(あんな夢を見てしまうとは……)

夢の中に愛良が出てきた。

――裸エプロンで。

ネコのように甘える俺に愛良は「お兄ちゃんてばぁ、もー、エッチなんだからぁ」などと甘い声でささやくのだ。そして愛良の胸に吸い付こうとするところで目が覚めた。

目覚めた俺の目の前に、セーラー服にエプロン姿の妹がいて、あやうく抱きついてしまうところだった。どうにか我に返ったものの、こんな夢を見たことが知れたら「キモい変態アニキ」と一生さげすまれるにちがいない。

それでどうしていいかわからず、大急ぎで家を飛び出したのだ。

はっきり言おう。

俺はシスコンだ。

だって仕方がないだろう。兄の贔屓目かもしれないが、愛良はとにかくかわいい。かわいすぎるのだ。アイドルになってもおかしくない美少女だし、それ以上に明るくて気立てのいい子だ。そんな妹に甘えられたら、どんな兄だってシスコンになる。そうに決まっているのだ。

だが、しかし!

それはあくまで妹として好きという意味だ。決して愛良にキスしたいとか、おっぱいをぺろぺろしたいとか、セック……、いやそうではなく、とにかくそういうエッチな方面の興味を抱いているわけではないのであって、いくらなんでも妹に欲情するなどということはあるはずがない。

兄が妹を性の対象として見ることなどあってはならないのだ!

そんなことを考えているうちに駅についた。

俺は電車を降りると、愛良が作ってくれたおにぎりをポケットから取り出した。

愛良は料理がうまいのだが、これはご飯を丸めてラップで包んだだけで、形も不格好だった。食べてみるとしょっぱかった。塩が多すぎる。中にはちゃんと梅干しが入っていた。駅まで走ったせいか、みょうにうまかった。

たいした機転だ。見てくれにこだわっている暇はないという判断力と、俺の体が何を必要としているかという直感。おにぎりを用意する時間は一分もなかったはずなのに。

駅の階段を降りながら一つ目のおにぎりを食べ終わり、二つ目のおにぎりをポケットから取り出したとき、すぐそばで

「あっ」

という、ちいさな声がした。

声のした方を見ると、愛良と同じ制服を着た女子高生が立ちすくんでいた。

同じクラスの高槻だ。

「よう、高槻、おはよう」

俺が声をかけると高槻はびっくりしたような表情をした。すぐに顔を伏せ、もじもじしていたかと思うと、上目遣いに、

「お、おはよう、柚木くん」

と、言ったまま黙りこんでしまった。

メガネの奥で目が泳いでいる。かなり緊張している様子だ。

うすうす感じてはいたのだが、どうも俺はこの女子生徒に怖がられているらしい。

(まあ、いいけどな)

とはいえ、高槻と俺はことしクラスの保健委員に選ばれてしまった仲だ。保健室当番もあるし、そう邪険にもできない。

「おい、高槻、そんなとこに突っ立ってると遅刻するぞ」

「え? あ、うん」

もしかして俺が行ってしまうのを待っていたのかもしれないと思って不安になったが、高槻はトテトテと走り寄ってきて俺に並んだ。

高槻は気まずいのか、必死に話題を探している様子だ。別に無理して会話をする必要はないのに、こっちまで居心地が悪くなってくる。

あまり気にしてもしかたがない。そう思っておにぎりのラップをはずしはじめると、高槻は話のきっかけを見つけたと思ったらしく、

「そ、それ、朝ごはん?」

と、訊いてきた。声が裏返ってるぞ。

「ああ。けさ、寝坊しちまったんでな。出掛けに妹が作ってくれた」

「柚木くん、妹がいるんだ。かわいいおにぎりだね。なんだか一生懸命作った感じ。妹さんは小学生くらい?」

形がいびつだから小学生が慣れない手つきで作ったものだと思ったんだろう。

「ははは、まあ、なんだ。あれだ」

俺は愛良が高校に入学するときに言った言葉を思い出した。『壮一郎、学校ですれちがっても声かけないでよね。同じ学校にアニキがいるなんてカッコ悪いでしょ』だとよ。なら、わざわざ同じ高校に来なくてもいいのに。

というか、毎朝いっしょに登校できるかと思って内心楽しみにしていたのだが。

小学生の頃の愛良は「そうにいちゃん、そうにいちゃん」といってヨタヨタと俺の後を追いかけてきていたものだ。ついこのあいだまで、いっしょに風呂に入っていたというのに……。

愛良が中学生になると、いっしょに風呂に入るのが急に恥ずかしくなった。愛良の方はかまわない様子だったが、俺の方が勃起してしまうので耐えられなくなったのだ。

この数年、愛良はどんどん女らしくなってくる。胸もけっこうあるし、やわらかそうな太ももとか、腰のくびれとか……。

(はあ~)

愛良も高校生になったんだよな。

(……って、何を考えとるんだ、俺は。相当たまってるな)

どこの世界に実の妹に欲情する兄がいるというのだ。

――などと俺が悩んでいるあいだも高槻が何やら話していたことに気づいた。まったく聞いていなかったのだが、そのとき言った高槻のセリフが脳天に突き刺さった。

「おにぎり作ってくれるなんて、きっと妹さんはお兄ちゃんのことが大好きなんだね」

高槻が言ったのは、もちろん恋愛的な意味での「好き」ではない。

ひょっとして俺は愛良を異性として意識しているのだろうか?

(……)

いやいやいや、俺は愛良の兄だぞ。

兄が妹を大切に思うのはあたりまえのことではないか。何もおかしくはない。

俺はあくまで重度のシスコンにすぎない!

百歩譲って、性欲まみれの男子高校生なのだから、相手が妹だろうと女の裸に勃起するのは仕方のないことかもしれない。

それでも妹に対して恋愛感情などわくはずがない。

ありえない!

では、このモヤモヤした気持ちは何だ。

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