ミッドナイト・マーメイド (05)

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「やべぇ。結夢がはしゃぎまわるから気づかれちまったぞ」

「なんであたしのせいになるのよ」

と言ったものの、派手に水音を立てていた結夢と違って、三田村がこれまでほとんど音を立てていなかったことに気づいた。用心深い三田村に比べて、自分がどれほど迂闊だったかと腹が立った。

「どうしよう……」

「こんな時間まで残業とは、教師も大変だな」

結夢が不安を隠せない声でささやくと、三田村は軽口で応えたが、口調は硬い。

「見つかったら怒られるだけじゃ済まないよ。夜のプールで女子生徒が男子と泳いでたってだけでも大問題なのに、あたしも三田村くんも裸なんだから。ぜったい不純異性交遊だと思われる。退学になっちゃうかもしれない」

「いざとなったら囮として俺が自首するさ。磯山は案外単純だから、もうひとりいるとは思わないだろう。俺がしょっぴかれるまで結夢は隠れていて、そのあと逃げ出すんだ」

「そんなのダメに決まってるじゃない。あたしのせいで三田村くんが退学になるなんて。あんたが捕まったらあたしも自首する」

「男はこの程度のことじゃ退学にはならんよ。夏休み中だし、せいぜい丸刈りの刑だ」

「でも、内申点が悪くなるかもしれないよ。そんなのガマンできない」

「じゃあ、隠れてやりすごすしかないな。ふたりでなんとか切り抜けよう」

「うん」

結夢と三田村は飛び込み台の陰に隠れた。

そっと顔を出して様子をうかがうと、磯山がプールハウスの戸を開けて姿をあらわすのが見えた。磯山は五十代の小男だ。陰険な性格で、生徒の評判はすこぶる悪い。

磯山が懐中電灯の光をプールの中央あたりの水面に向けた。真っ暗な中で波がきらめいた。その光が左右に振られ、水面をなめた。

「誰かいるのか?」

すぐそばで磯山の探るような声が響いた。声をかけたのに誰もいなかったらみっともないなと考えているのがわかる。つまり、侵入者がいることに確信は持っていないということだ。結夢たちにも望みはある。

「水に潜ろう。泡をたてないよう静かに息を吐いて、口だけを水面に出してすばやく息を吸う。ライトをあてられても慌てるな。真上から照らされなきゃ水面の反射で底までは見通せない」

三田村の言葉に結夢は黙ってうなずいた。しかし、口だけ出して呼吸するなんて器用な真似が本当にできるとは思えなかった。

バッグと服はプールサイドの隅に積んであったコースロープの陰に隠してある。三田村がさっき脱いだ水着が気になったが、この男子の抜け目のなさは信用できる。

あとは覚悟を決めるしかない。

三田村が水に潜ると、結夢も大きく息を吸い込んで潜った。手のひらで水を押し上げ、一気に水底まで沈む。

真っ暗だ……。

と思った瞬間、明るい光が水面から差し込んだ。

あわてて水を掻いて光から逃れる。

磯山の懐中電灯の光が、ちょうど結夢たちが顔を出していた場所に向けられていた。

間一髪だったが、気づかれてはいないようだった。

三田村にうながされて、結夢はプールの真ん中の方へ移動した。磯山は水には入れないから、すみっこに隠れるより中央付近にいた方が見つかりにくい。

結夢はゆっくりと息を吐きながらプールの底に張り付いた。

磯山が懐中電灯を振っている。遠くの雷で雲が音もなく光るように、水面がぼうっと照らされ、幻想的な光景だった。

磯山はなかなか立ち去ろうとしなかった。どうやらプールサイドをぐるりとまわっているらしい。バッグが見つからなければいいがと祈った。

そのうちに結夢は息を吐き切ってしまった。水面を照らす光の様子からすると、磯山はまだプールを半周ほどしたところだ。

あとどれくらい息を止めていられるだろう。体内の酸素を節約するために、努めて何も考えまいとしたが、それは無理だった。

すると三田村が息継ぎの見本を見せるように、水面へと浮き上がった。首をそらせて水面に口付けするようなしぐさで、すばやく息を吸う。かすかな明かりにシルエットだけが見えた。まるでクジラだ。

ふたたび水底に戻ってきた三田村が、勇気づけるように結夢の手に触れた。

潜ってからもう一分以上たっている。そろそろ限界だ。

結夢は意を決して体を起こすと、水面に顔を近づけた。三田村がやったように口だけを水面に出し、息を――。

吸おうとしたとたん、水が口の中に流れ込んできた。

「ゴボッ……」

反射的に水を吐き出し、水中に潜った。息継ぎはできていない。

「誰だ、そこにいるのは!」

磯山の怒鳴り声とともに懐中電灯の光が向けられた。

心臓をわしづかみにされたような感じがした。水が急に冷たくなった。

見つかった……ッ。

パニックにかられて危うく立ち上がってしまうところだった。しかし、三田村が結夢の体をささえて、光で照らされている場所の外へ移動させた。

結夢は口元を両手で押さえ、水中で体を丸くした。苦しい。

三田村がそばにいてくれることを頼もしく思ったものの、もう息がつづかない。

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