三個の羽根を同時に使う新しいルールのゲームのようなふりをしているが、みんな奏を狙ってスマッシュを繰り返している。
集中砲火をあびた奏は、すぐにその場にうずくまってしまい、すすり泣きを始めた。
無性に腹が立った。いいようのない気持ち悪さを感じた。これじゃいじめだ。
由香の学校には表立ったいじめはなかった。少なくとも由香は目にしたことがない。中学までは、いじめがあれば止めていたし、そういう行動をとれる自分に自信を持っていた。
しかし、奏の場合は自業自得だと思った。
(いいざまだ)
でも、気分が悪い。吐き気がする。
由香はラケットを放り出して、体育館の出口に向かった。途中で倫子が声をかけてきた。由香は、生理痛がひどいから保健室に行く、と言い残して、体育館を出た。
四時限目の授業には、まったく気が乗らなかった。昼休みのチャイムが鳴っても、由香は席に座ったままボーっとしていた。昼食のパンを買いにいくのも億劫だし、食欲もあまりない。
体育の授業で由香が奏を泣かせた、という話はすでに男子のあいだにも伝わっていた。鈍い男子たちも野次馬根性を出して、女子の動きに注目しはじめた。
好奇の目で見られるのは苦痛だったが、逃げ出す気力もわかなかった。
ふと、あたりが薄暗くなったような気がして、見上げると武一がすぐ前に立っていた。
「どういうつもりだ」
と、武一は小声で訊いた。
「何の話?」
「お前には確かにひどいことをした。恨むのは当然だ。だが、奏に罪はない。八つ当たりで彼女に暴力をふるうのはやめろ」
「暴力なんてふるってない。バドミントンの羽がちょっと当たっただけよ。あの子、どんくさいから――」
由香が言い終わらないうちに、武一が思いっきり机をたたいた。まるで自分がたたかれたかのように、由香はビクンッと体を震わせて、思わず目を閉じた。恐怖で胸の鼓動が速くなった。
暴力で黙らされたことが悔しい。泣きそうだった。
武一は体の力を抜くと、固い口調で、
「たのむから、やめてくれ。お前のことを嫌いになりたくない」
「わたしのこと嫌いじゃないならどうして別れるなんて言うの? わたしは武一のことが好きだよ。戻ってきてよ。好きだって言ってくれたじゃん」
由香は鼻をすすりながら、かすれた声で懇願した。
武一は困った表情で唇をかむと、
「きょうのお前は好きじゃない」
「なによ。いきなり嫌いになったから別れようなんて。一方的すぎるよ。納得できないよ。あたしの話も聞いてよ。お互い、もっとよく話し合おうよ」
「俺はこういうとき器用に立ち回ることはできない。お前を傷つけてしまったことは悪いと思っている。だが、話し合って解決することじゃない。俺はもうお前を見てはいないんだ」
武一はそのまま奏のところへ行った。奏の手を引いて立たせると、わざわざ由香の脇をとおって教室の出口へと向かった。おかげで、奏がお弁当らしき包みをかかえているのが見えた。女子の弁当にしては大きすぎる。
(ちくしょう、これみよがしに奥さん気取りかよ)
由香は料理の経験がほとんどなかった。もちろん武一に手作り弁当を食べさせたことなどない。そんな自分に腹が立った。
教室にいた全員が見守るなか、武一と奏はどこかでふたりきりの昼食をとるために、出て行った。
残された由香はクラスメートたちの視線に耐えきれず、席を立って廊下に出ると、武一たちとは逆の方向へとあてもなく歩いて行った。
けっきょく昼食はとらなかった。ゆうべも今朝もほとんど何も食べていないけれど、空腹感は感じなかった。
五時限目は数学だった。一日でいちばん眠くなる時間に数学だなんて、と前から思っていたが、きょうは眠気など感じない。
先生が日付と出席番号を関連付けて、宿題になっていた問題を前に出て解かせる列を選んだ。運悪く由香の座席のある列だった。由香は自分が宿題をやっていなかったことを思い出した。ゆうべは宿題どころではなかったのだ。
[失恋パンチ]
Copyright © 2011 Nanamiyuu