奏はおとなしい性格だが、同性の目から見てもほれぼれするような美少女だった。由香も相当な美人で、一年生のときは男子の人気が高かった。それがこの四月からは奏と人気を分け合っている。ライバル心からか、なんとなく奏とは親しくすることはなかった。だが、まさか他人の恋人を横取りするような女だったとは。
由香が奏の方をじっとにらんでいるので、武一もそれに気づいた。
武一は奏がそこにいることを最初から知っていたようだ。部活に行く武一を待っているのだろう。もしかすると、早くあの女と別れて、とけしかけたのかもしれない。
「武一の浮気相手って、三木本さんね?」
「浮気じゃない。本気なんだ」
それを聞いて奏の方へ走っていこうとする由香の腕を、武一がつかんで引き留めた。
「おい、どうするつもりだ」
「決まってるでしょ。ひっぱたいて、あんたと別れるように言ってやるのよ」
「やめろ、バカなことするな。好きになったのも告白したのも俺の方だ。悪いのは俺だ。奏に責任はない」
「わかってる。ぜんぶあの女が悪いのよ。なによ、『奏』なんて呼び捨てにして。たしかに三木本さんはかわいいよ。あたしなんかよりずっと美人だ。だから、あんたみたいな男はコロッと騙されちゃうんだ」
「いいかげんにしろ、由香」
「あの子の体が目的なんでしょ? あたしより胸が大きいし、顔ちっちゃいし、髪だってさらさらだし、色が白くて肌がきれいだし。だから、男のあんたが三木本さんをエッチな目で見るのはしかたがない。でも、あいつが武一に色目を使うのは許せない。あんたの彼女はあたしだってわからせてやる」
「やめろ!」
武一は由香の手首をとって、むりやり自分の方を向かせた。
「奏に暴力をふるうというなら、俺はお前を――」
武一は言いかけた言葉を飲み込んだ。俺はお前を許さない。そう言おうとしたのだろう。恋人が自分を拒絶している。由香は崩れ落ちそうだった。
「どうしてあたしを悪者みたいに言うの? 武一の彼女はあたしでしょ?」
由香は涙声で訴えた。もう抵抗する気力はない。武一が手を放した。
「お前はもう俺の彼女じゃない」
「うそだと言ってよ。あたしたち、セックスだってしたじゃない。あんたは何度もあたしの中に射精したじゃない。あたしは武一のなんだったの? 三木本さんと付き合うための踏み台? それとも体が目的だったの? あたしが告白したとき、別に好きじゃないけど手頃な女だからヤラせてもらおうって思っただけなの? 恋人だと思っていたのはあたしだけで、あんたは内心あたしのこと、勘違い女ウゼーって思ってたの? 三木本さんとふたりで、あたしのこと嗤ってたの? 武一はあたしの――」
「もう、それ以上、自分を傷つけるようなことを言うのはよせ。俺はお前を傷つけた。謝っても謝りきれない。俺はお前のことが好きだったし、これまでのことに感謝している。でも、受け入れてほしい」
由香はとうとう立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだ。
「やだよ。別れたくない。別れない。武一の彼女はあたしだけよ」
必死に涙をこらえた。泣き叫びそうになるのをがまんした。この一部始終を奏が見ているのかと思うと悔しくてたまらない。
「すまない。俺にはもうお前にしてやれることはない」
武一はそう言い残して、離れていった。由香は武一を引き留めることができず、ひざに顔をうずめて嗚咽をもらした。
しばらくして由香が顔をあげたとき、武一も奏もいなくなっていた。
[失恋パンチ]
Copyright © 2011 Nanamiyuu