第4話 脅迫者の素顔 (16) Fin

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恥ずかしそうにしている吉田さんの制服の袖をつまんだ。吉田さんが緊張で体を固くするのがわかった。

「あたし、おでんを食べたい」

「お、おでんか。いいよ」

「知ってました? おでんを出してるクラスは三つあるんですよ。ぜんぶ回ってみましょうよ。もちろん全額男性のおごりですよ。これってデートなんですから」

それとなく腕をくっつける。あたしが上目遣いでにっこり微笑むと、吉田さんは顔を赤くして目をそらした。女子に触れられた経験などないのだろう。

「吉田さんって字がうまいですよね。特進だから頭もいいんでしょ? あたしなんて勉強苦手だから。数学とか特に」

「小学校の頃、習字を習わされていただけだ。まあ、数学はちょっと得意だけど」

「すっごいなー。数学が得意な人って尊敬しちゃいます」

そんな話をしているうちに、最初は警戒していた吉田さんもだんだん打ち解けてきた。あたしはぜんぶで千円ほどもおでんを買ってもらい、そのあとで、体育館へと誘った。

文化祭も終盤近いので、体育館にははしゃぎ疲れた生徒たちが集まっていた。ステージの出し物も一段落している。

「吉田さん。何でもひとつ言うことを聞いてもらう約束です。要求を伝えます。この場であたしに告白してください。ほかのみんなにも聞こえるよう、おおきな声ではっきりと」

「告白だなんて……。こんな人のおおぜいいる場所で……?」

「中学のときの話を聞きましたよ。好きな女子がいたのに告白できなかったそうじゃないですか。こんどは勇気を出してください。それとも、あたしって魅力ないですか?」

「あの……、美星さん、もしかしてぼくのことを……?」

「吉田さんってイケメンだと思います。アニメの美少女が好きだからって、ほかの女子は毛嫌いしてますけど、あたしはそーゆーの別に気にしません」

吉田さんは踏ん切りがつかずに黙りこんでしまった。

「男子から告白してくれなきゃイヤですよ。好きだから付き合ってほしいと言ってください。でなきゃ、あなたが襲ってきたと生徒会長に言います。退学ですよ」

この手の男は簡単に落ちる。すぐにカン違いする。だから、吉田さんは腰を九十度に曲げて右手を差し出すと、体育館中に響き渡るほどの大声で言った。

「美星さんッ。好きですッ。ぼ、ぼくと付き合ってください!」

あたりが静まり返った。みんなが注目してる。この件ではしばらくのあいだ噂されてしまうだろうけど、そのくらいの損害はガマンしよう。

あたしは丁寧に頭を下げて拒絶した。

「ごめんなさい。タイプじゃないので無理です」

「お願いします! 好きです! 彼女になってくださいッ」

驚いたことに、吉田さんは食い下がった。あたしはギャラリーに状況を把握する時間を与えるために、非常識な告白にオロオロする少女を演じてみせた。それからもう一度頭を下げて、心底迷惑している口調で言った。

「お断りします! もう、あたしに付きまとわないでください。キモいです」

言い終わると、その場から走り去った。振り返ると、吉田さんがその場に崩れるのが見えた。もう二度と三次元女と関わろうとは思わないだろう。

体育館を出るとき、恵梨香先輩と会った。一部始終を見ていたらしく苦笑している。

「吉田先輩はもう立ち直れないんじゃないかね」

「そうだとしても、それはあの人の問題ですよ」

あたしたちは互いにおかしそうに笑ったあと、真顔になった。

「なあ、沙希。きみはきのう、自分は鳴海の彼女にはなれない、なってはいけない、と言ったね。それは中学のときにきみの身に起きたことが理由なのか?」

「そのことは話したくないです」

「もちろん詮索するつもりはない。きみの苦しみを分かってあげられるなどと傲慢なことは言わない。どんな言葉をかけていいのかもわからない。でも、きみが苦しみつづける必要はないじゃないか。好きな人に好きだと言う資格がなくなるわけない」

あたしは悲しい気持ちを隠そうとはしなかった。

「恵梨香先輩。先輩に『友達になってほしい』と言われたこと、すごくうれしかったです。ほんの数日でしたけど、先輩と友達になれてよかった。あたし、きのうの夜、拓ちゃんに告白されました。それで断りました。あたしは拓ちゃんの彼女になる資格はありません。だからお願いします。拓ちゃんの心を奪ってください。あたしから奪ってください」

それだけ言うと、今度こそあたしはその場から逃げ出した。

呼び止めようとする先輩の声を振りきって。あふれ出る涙を振り払って。

あたしを取り巻くすべてのことから逃げ出した。

第4話 おわり

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