第11話 恋のデルタゾーン (05)

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 そんなことがあった週末が明けて、月曜日。

 朝のホームルームで進路調査票が配られた。まだ四月だしこれから何回も調査があるからだいたいの方向性を決めるだけでいい、と藤堂先生は言っていたけど、どうしたものだろう。今週中に提出するように言われたから、あまり悩んでる時間もない。

 今週中といえば、今週いっぱいは図書委員のカウンター当番が昼休みと放課後にある。図書室のカウンター当番は普通科の二年生が持ち回りでやることになっているので、ほぼ一ヶ月に一回当番が回ってくる。図書委員はけっこう仕事がおおくて大変だと聞いていたからやりたくなかったけど、部活に入ってないという理由で押し付けられてしまった。今週は放課後援交はお休みにするしかないな。

 で、初日の昼休みにお弁当を持って図書室に行った。最近は美菜子ちゃんや吉野さんといっしょにお昼を食べることもあるので、お弁当を作るときはいわゆる女子高生弁当を作ってきていた。きょうもそうだ。昼休みの当番といっても、ほかの生徒だって食事をするんだし、お弁当を食べる時間くらいあるだろうと思っていたのだ。ところが予想に反して、けっこうな生徒が本を返しに来てそれどころではない。

「対応は俺がやっておくから、美星はまず昼メシを済ませろよ」

 と、もうひとりの図書委員である岩倉くんが言った。

 岩倉くんはウインナーパンを一個食べただけでカウンター業務を始めた。あたしはお礼を言って大急ぎでお弁当を食べ終えてから岩倉くんに加わった。

「ごめんね。ありがとう」

「別にそんなにあわてて食わなくたって、二人いるんだから交代でメシにすればいいんだぜ。月曜の最初は前の週に借りた本を返しに来るヤツが多いんだ」

「でも、パン一個でお腹すかない?」

「購買で買ってきたパンがまだあるからあとで食うよ」

 用意がいいというか、忙しくなるのがわかっていたらしい。意外と抜け目のない人だ。

 昼休みも終わりに近づいた頃、ようやく人が減って仕事に一区切りがついた。

「明日はもうすこしラクだと思うぜ。それから放課後は自習目的の生徒が大半だから、昼休みほど忙しくはないだろうな。あと、美星の弁当、かわいいのな、ハハハ」

 こうして昼休みが終わり、ふたりで教室に戻った。戻る途中、岩倉くんは廊下を歩きながらパンを頬張った。行儀が悪いことこの上ない。でも、頼もしいところもあるんだな。

 岩倉くんの言ったとおり、放課後はそれほど忙しくはならなかった。宿題をやったり自習をしたりしている生徒は放っておけばいいし、あとはときおり本の貸し出し手続きをする生徒がいるだけだった。

 あたしと岩倉くんはカウンターの中の椅子に座って、それぞれ書架から取ってきた本を読んでいた。岩倉くんが何を読んでいるのか気になって覗いてみると、『世界の最新兵器図鑑』とか、そんなようなミリタリー系の本を熱心に眺めていた。

「岩倉くんも男の子なんだね。そういうの好きなの?」

「男はみんなそうだ。美星こそドラッカーの『マネジメント』なんて読んでどうしようっていうんだ? 野球部のマネージャーにでもなるのか?」

「なんで野球部の話になるのよ? これは企業とかの組織運営の本だよ」

 援助交際で会うお金持ちのビジネスマンはこういう本を読んでいるので、あたしも勉強しておく必要があるのだ。

「冗談だ。ドラッカーの本は俺もあらかた読んだよ」

 と、またまた意外な面を見せてきた。

「そうなんだ。岩倉くん、将来は社長を目指してるの? 起業家とか?」

「まあな」

 岩倉くんは妙にあっさりした口調で答えた。ぞんざいな口調だから本気で答えたわけじゃないんだろうけど。何か隠された本心があるような様子を感じた。美少年だけど、よくわからないところのある人だな。

 そこへひとりの男子生徒が本の貸し出し手続きにやってきた。あたしは事務的に立ち上がって、バーコードリーダーを手にした。カウンターの上に黄色いカバーの分厚いハードカバーが差し出された。『愛に時間を』という何やら意味深なタイトルの本だ。

 顔を上げて男子生徒を見たあたしは、思わず「あっ」と声を上げてしまった。

 きのう、電車の中で助けてくれたハンサムくんだったのだ。

「あれ? きみは昨日の……。晴嵐の生徒だったんだ」

 ハンサムくんはそう言って綿あめみたいな笑顔を見せた。

 あたしは顔が熱くなるのを感じて、思わずうつむいた。

「あの……、きのうはほんとにありがとうございました。また会えるなんて……。あの、あたし、二年の美星っていいます」

「三年B組の大川翼です。こんな偶然もあるんだね。実はきみにはまた会えるような予感がしていたんだ。でも、こんなに早く再会できるとはね。なんだか運命を感じてしまうな。なんてね、ハハハ」

 屈託のない可愛らしい笑顔に見とれてしまった。

 大川先輩は借りた本をバッグに入れると、「じゃあね、美星さん」と言い残して図書室を出ていった。

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