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あれが一風変わっているけれども他店ではマネのできないエステだったのだと説明されても――実際ほかの店では同じような体験はできそうもない――、彩香は納得したわけではなかったが、とにかく効果があったのは確かだった。睦実がうなったように、彩香も美緒も全身が若返ったように感じたし、精神的にも気力が充実しているのを感じていた。心も体も自由で軽く、世界が喜びで満ちているように感じられた。
美緒は自分たちがまだ生きていることがわかってからずっと、世界の美しさを堪能しているような顔をしている。もちろんそれは彩香への愛の告白が受け入れられたことが大きいのだろう。
彩香が店員を離すと、美緒もベッドから下りて彩香に寄り添った。
「でも、どうしてお菓子なんですか? 甘いものは美容に悪いのでしょう?」
「そりゃあもちろん、スイーツが嫌いな女性はいませんから」
美緒の質問に店員は満面の笑顔で答えた。
睦実の話では、乙女向けのコースは普通のエステだったらしい。睦実は彩香たちのエステの内容を知りたがったが、どう話せばいいのか彩香にはわからなかった。
店員は何度も頭を下げて料金はけっこうですと言い、お詫びとして全国の系列店をいつでも利用できるメンバーズカードを発行してくれた。
ロッカールームで元の服に着替え、三人そろって店外に出た時、太陽は変わらず頭上に輝いていた。ずいぶん時間がたったように思ったが、まるで店の外では時が止まっていたかのように感じられた。
「ところで、むーちゃんに言っておくことがあるんだけどさ」
彩香が美緒の顔をうかがいながら言った。
「さっき美緒ちゃんと全裸で抱き合ってキスしてたこと?」
「まあ、そうなんだけど、実はさ、あたしと美緒、つ、付き合うことになったんだよね。その……恋愛的な意味で」
睦実が露骨に顔をしかめたのを見て、彩香はあわてて言葉を継いだ。
「いや、同性愛っていうのに抵抗っていうか、キモチ悪いって思われちゃうのはしかたないと思うんだけど、あたしたち本気で――」
「別にボクは同性愛については何とも思ってないよ。ただ、あーちゃんと美緒ちゃんが恋人同士になったら、ボクは寂しくなるなって思っただけ」
「睦実ちゃんはいままでどおり、わたしと彩香の親友よ」
「そりゃあそうだけど、でも、これからは恋人同士ふたりだけで過ごす時間が多くなるでしょ? あー、こうなったらボクもパパに頼んで大人の女にしてもらわなきゃ。そんでもって、こんどこそ素敵な大人の女性向けのコースを受けるんだ」
彩香はホッとしたのと同時に拍子抜けした。睦実は彩香と美緒の同性愛について何の抵抗もなく受け入れてしまったのだ。これまでの自分の偏狭さがますます愚かで滑稽なものに思えた。
こうして三人は車に乗り込んだ。
車が道路に出ようとしたとき、美緒が「ああっ!」と大きな声を出した。
「店員さんに道を尋ねるのを忘れていたわ」
そもそも温泉旅行に行く途中で道に迷ったせいでこのエステに立ち寄ったのだった。
しかし、車が道路に出た瞬間、三人とも言葉を失った。
突然あたりが夕闇につつまれたのだ。
美緒が車を道路脇に止め、三人は狐につままれたような面持ちで外に出た。
エステの建物はどこにもなかった。
おそらく西の方角とおぼしい空がまだ赤く、日没直後であるらしい。晴れた濃い藍色の空にはいくつもの星が輝いていた。虫の声が聞こえる。その音をかき消すように一台のトラックが脇を通り過ぎていった。
三人は無言のまま互いに顔を見合わせ、ふと思い出したように、さっきもらったはずのエステのメンバーズカードを探した。
カードは確かに財布の中に入っていた。
おわり
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