壮一郎の気持ち
愛良の作ってくれた派手なキャラ弁を食べおわるまで、どうやら俺はクラスの女子たちの噂の的になっていたようだ。あの人ちょっと怖いかも、などと噂された経験なら覚えがあるが、そんなものなら気にすることもない。
だが、今回は――。
「やっぱり柚木は女にモテるんだよなぁ」
「はあ? なにを言っとるんだ、お前は。いつ俺が女にモテたよ?」
俺は弁当箱をかたずけながら増田に言ってやった。
知るかぎりじゃ増田はほかのクラスの女子とつきあっていて、しかも、入学以来その子がふたり目だ。俺は女子とつきあったことはないし、告白されたこともない。モテるのはお前のほうだろうぜ。
「まだ四月の半ばだぞ。入学したばかりの新入生に惚れられるとか、これがモテる男でなくてなんだよ。どうやって愛良ちゃんと知り合ったんだ」
「どうでもいいだろ、そんなこと。あと、『愛良ちゃん』とか言うな。知り合いでもないお前がちゃん付けで呼ぶと汚された気がする」
「ひでえ言い方だな。別に取ったりしないぞ。『柚木さん』なんて呼ぶ方がまぎらわしいだろ。お前も柚木なんだから」
「だいたいモテればいいってもんじゃない。好きになった子が振り向いてくれなきゃ意味がないぜ」
「好きな子が振り向いてくれなきゃ、か。意味深な発言だな。お前、ほかに好きな子いるのかよ?」
ほかに? 愛良のほかにか?
いやいやちょっと待て。いま『好きな子が振り向いてくれなきゃ』と言ったとき、俺は愛良のことを念頭に置いていたのか?
愛良が実の兄である俺に振り向くことなどありえないわけだが、まさか俺はそうなってほしいと望んでいるのだろうか。
いま俺は女子のあいだで愛良との仲を噂されている。この恥ずかしさとも優越感ともつかない心地よさはなんだ。照れてしまって、顔がにやけてしまうのを止められない。
愛良と両想いのカップルなのではないかと疑われることの甘酸っぱさといったら――。
「別に好きな子なんていねーよ」
「いま、かなり間があったぞ。あやしーな。やっぱり高槻さんと付き合ってんのか」
「だからなんで高槻が出てくるんだよ。さっきもそんなこと言っていたな。俺と高槻は別になんでもねーぞ」
「だって、お前らいつも仲いいじゃん。けさだっていっしょに登校してたし」
「駅でたまたま会っただけだ。その程度のことで付き合ってることにされたんじゃ、高槻も迷惑だろーぜ。あいつはそんなに浮ついたやつじゃないんだから、冗談半分に変な噂するのはやめろよ」
「噂してるのは戸川たちだよ。まあ、高槻さんは否定しているようだったが」
「戸川だぁ?」
高槻と戸川は仲良しグループなのかよくいっしょにいる。高槻は俺を怖がっているようだし、戸川はあからさまに俺を嫌っている。つまり高槻が戸川にいじられているということなのか。こっちの方こそいい迷惑だぜ。
「けど、柚木だってまんざらでもないんだろ? 高槻さんはおとなしそうに見えてかなりの美少女だし、性格もいいからな。男子の人気は高いんだぞ」
「そうなのか?」
あまり興味もないのでいままで高槻のことをそんなふうに見たことはなかったのだが、まあ、美人だといえばそうなのかもしれない。
もっとも、愛良ほどかわいい女の子はいないわけだがな。俺にとって女といえば、愛良かそれ以外かだ。くそっ、このまま本当に愛良を彼女にできたらいいのに。
「……」
「どうした、柚木、急に頭をかかえて」
「なんでもない」
シスコンもここまでくるとマジでヤバイかもな。
ちょうどそのとき、ポケットの中でスマホが振動した。
取り出してみると、愛良からメッセージが入っていた。
『高槻ちひろって誰?』
ぶっ……。なんだこりゃ!
「すまん、ちょっと出てくる」
俺は増田に断って廊下に出ると、あらためて愛良のメッセージを見なおした。
なぜだかわからんが、俺と高槻の噂が愛良にまで伝わっているのか。
当事者の俺でさえほんの三分前に知ったことなのに。
どうなってるんだ。
『高槻はただのクラスメートだ。決して怪しい仲ではない』
と、返信すると、壁に跳ね返ったテニスボールのように即座に返事がきた。
『怪しい怪しい怪しい! 誰かって訊いただけだよ。どんな仲かなんて訊いてない。彼女なの? 恋人なの? あたしなんにも聞いてないよ。どうゆうことなの?』
なんか……、愛良のやつ、めちゃめちゃ怒ってないか?
『どうもこうもない。お前が誰から何を聞いたか知らないが、事実無根だ』
『きのう、高槻先輩とふたりっきりで保健室で一時間も何してたの? ただのクラスメートなのにいやらしいことするの? 壮一郎、欲求不満?』
おいおい、妄想が過ぎるぞ。愛良の方こそ欲求が不満なんじゃないのか。――などと返したらますます怒らせてしまうだろう。ここはあくまで穏便に説明しないと。
『俺と高槻はクラスの保健委員で、きのうは保健室当番だったのだ。たしかにふたりで保健室にいたが、手も触れていないぞ』
次のメッセージはしばらく時間がたってから来た。
『戸川って人が言ってた。高槻先輩と壮一郎が付き合ってて、いつも保健室でイチャイチャしてるって』
戸川ァ、またお前か!
無関係な愛良まで巻き込んで何がしたいんだ、お前は!
『あの戸川ってヤツはちょっとおかしいんだ。あいつの言ったことはぜんぶデタラメだから真に受けるな』
『ホント?』
『本当だ。付き合ってる彼女なんていないしな』
電光石火の返信はなかった。
どうやら愛良も落ち着いてきたらしい。やれやれだ。
それで俺はもうすこし軽い話題に切り替えることにした。
『そんなことより、きょうの弁当、あれは何の冗談だ。愛情弁当だって、クラスの女子が騒いで大変だったぞ。恥ずかしいったらなかった』
『おいしくなかった?』
『いや、おいしかったけど』
味なんかわからんかったわい。
『俺のことより、愛良の方こそ彼氏できないのかよ。お前、一年の中じゃカワイイって評判らしいぞ』
またしばらく間があいた。そして――、
『好きな人ならいるよ! 壮一郎のバカ!』
え?
おい、ちょっと……。
好きな人がいる……だと?
『それホントかよ?』
それっきり愛良からのメッセージはこなかった。
俺は呆然としたまま廊下に立ち尽くしていた。
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