ないしょのお兄ちゃん (07)

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愛良の気持ち

「やっちゃったぁ……」

あたしはベンチの上でちいさくなってスマホを握りしめた。

好きな人がいると言ってしまった。いまのであたしの壮一郎への想いに気づかれてしまったかも……。キモいブラコンの妹と思われたらどうしよう。

「……」

いや、そんなことにはならないか。男子というのはニブイものだ。壮一郎なんて特にそうだ。さっきのセリフから『好きな人』が自分のことだなんて直感するわけがない。

となると、あたしが誰かほかの男子のことを好きなんだと思ったかもしれない。言葉どおりに受け取ればそうなる。

「……」

壮一郎があたしに振り向く可能性なんてあるわけないけど、仮にあったとしてもこれでなくなった。

妹じゃなかったら告白だってするし、いくらでもがんばれるのに。

「はあ~、ほんとは壮一郎の彼女になりたい……」

「柚木さん……」

目の前で声がして、あたしは固まった。頭から血の気が引くのを感じた。

いまの聞かれてた?

恐る恐る顔をあげると、高槻先輩がそこに立っていた。

最悪。泣きそうだ。

あわてて顔を伏せた。

この人、何しに戻ってきたんだ?

「あの……、柚木さん」

「まだあたしに用があるんですか?」

「あ、あの……、さっきはゴメンナサイ!」

へ?

ふたたび顔をあげると、高槻先輩が頭をさげていた。

「戸川さん――さっきの子が言ってたことはぜんぶデタラメで、わたしと柚木くんとは、た、ただのクラスメートで、ほんとに何にもなくて……。ほ、保健室にふたりでいたのはほんとだけど、それはわたしと柚木くんが――」

「保健委員だからなんですよね」

「ほえ?」

高槻先輩は複雑な因数分解の解き方を見せられたときみたいな呆けた顔であたしを見た。

この人が壮一郎の彼女ではないことはもう確認済だ。壮一郎の方にもその気はない。おおかた戸川先輩ともうひとりのベリーショートが壮一郎のファンで、高槻先輩はあたしを牽制するための彼女役としてかつぎだされたんだろう。ウソをつくときは真実の中にウソをまぜた方がホントっぽさが出るからだ。ただ高槻先輩がそういう謀略に加担するタイプじゃないというのが誤算だったようだね。

「高槻先輩とふたりで保健室当番だった話は壮一郎から聞いてます。戸川先輩のことも気にしてませんから。お気遣いなく」

「どうしてわたしの名前を……? え? そういちろ……?」

高槻先輩は幾何の問題で解答ページを見ても解き方がわからないときみたいにキョトンとした。さっき戸川先輩と名前を呼び合っていたのを忘れてるのか。むしろどうしてあんたたちがあたしの名前を知ってるのかの方が疑問なんだけど。

まだ何か言いたげにもじもじしていた高槻先輩は、あたしの横に座った。

ちょっとちょっと、話は済んだんじゃないのかよ。

なんだかめんどくさいことになる予感。

高槻先輩は思いつめた表情で、額に汗をうかべていた。

「ゆ、柚木さんは、その、柚木くんとは以前から知り合いなの?」

石畳に視線を落としたままそう訊いてきた。

その瞬間、あたしは自分の考えが間違っていたことに気付いた。

(この人、壮一郎のことが好きなんだ……)

ということは、戸川先輩は壮一郎のファンなのではなく、高槻先輩の応援団だったのか。

「その、柚木さんは新入生なのに、お弁当作ってきたりして、その、すごく親しそうだったから、前から知り合いだったのかな、って。中学が同じだったのかな?」

「壮一郎とは中学に入るずっと前からの知り合いですよ」

「そ、そうなんだ。幼なじみなんだね」

と、高槻先輩はうなだれたまま泣きそうな声で言った。

地味に見えるけどなかなかの美人だ。胸も大きいしスタイルもいい。それに意外と表情がくるくる変わる。ライバルと知りつつ応援団長の暴走を謝罪にくるあたり、性格もいい人みたい。ちょっと引っ込み思案がすぎるようだけど、それがなけりゃたぶん男子にモテるだろう。いや、むしろ壮一郎みたいなぶっきらぼうで鈍い男子は、こういう清廉でおしとやかな美少女こそタイプかもしれない。

「高槻先輩は壮一郎のどんなところが好きなんですか?」

「え? えええッ!?」

あたしが尋ねると高槻先輩は取り乱して両手をぶんぶん振った。それから観念したようにうつむいた。耳まで真っ赤だ。

「や、やっぱりやさしいところ――かな。最初はちょっと怖い人なのかなって思ったんだけど、ほんとはすごくやさしくて思いやりがあって。それに意外とかわいいところもあって……」

言いながら恥ずかしくなったらしく、高槻先輩の声は溶けてなくなってしまった。

あたしはため息をついた。この人が壮一郎のことをよくわかってるように思えたからだ。そんなのあたしだけだと思ってたのに。

「壮一郎に告白しないんですか?」

「こ、告白だなんて! そんなこと……。わたしなんか話をするだけでも緊張しちゃうし、柚木くんはわたしのことなんてなんとも……。それに柚木くんはあなたの手作りのお弁当をおいしそうに食べてたし、いまさらわたしなんか……」

「あたしは別に壮一郎の恋人になろうなんて思ってませんよ」

「え? でもさっき、柚木くんの彼女になりたいって……。あ、ごめんなさい」

くぅ~、やっぱり聞かれてたじゃんか!

あたしはほっぺたが熱くなるのを感じた。恥ずかしいというより腹が立っていた。

「壮一郎はあたしのことなんて、妹としか思ってないです」

「でも、わたしはあなたのことがうらやましいよ。あんなふうに積極的に気持ちを表すことができて。わたしにはとても無理だもの。お互いむつかしいよね」

「先輩といっしょにしないでもらえますか」

あたしはそう言いながら立ち上がり、高槻先輩を見下ろしてにらんだ。さっきから感じている腹立たしさの理由がわかったからだ。先輩は何か怒らせるようなことを言ったのかしらとおろおろしている。

「恋は戦いなんです。慣れ合ってるようじゃ勝てませんよ。だいたい、伝えられない気持ちに何の意味があるっていうんですか。想いつづけていればいつかきっと伝わるとでも? そんなことありえません。自分で行動しないかぎり人生を切り開くことなんてできないです。恥ずかしいとか、フラれたらどうしようとか、傷つきたくないとか、そんなことばかり考えて行動しない人は一生片想いのままですよ。玉砕覚悟で行動を起こした子にだけ、しあわせになるチャンスがあるんです」

「あ……、あの……、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

あたしは深く息を吐き出して気持ちをしずめた。

高槻先輩はあたしがどんなに望んでも手に入れられないものを持っている。壮一郎の彼女になれるかもしれない可能性だ。いまのところ壮一郎はこの人のことを何とも思ってないようだけど、可能性はゼロじゃない。彼女になりたいと望み、そうなるチャンスがあるのに、勇気が出ないから気持ちを伝えられないなどと甘ったれたことを言っている高槻先輩に、無性に腹が立った。

とはいえ、好きな人に気持ちを伝えるのは誰だって怖い。

あたしは、シュンとなった先輩を見下ろす表情をやわらげた。

「ご存じですか? 壮一郎って、ああ見えてスイーツ好きなんですよ」

「そ、そうなんだ。ちょっと意外」

「おいしいケーキ屋さんがあるから食べに行こうとかって、誘ってみたらどうですか」

「でも、どうしてそんなことを教えてくれるの? 慣れ合いはいやだって言ったばかりなのに」

あたしは肩をすくめた。

「先輩が壮一郎の彼女じゃないって白状しに来たことへのお返しです。先輩はいい人のようですからね」

「あ、ありがとう、柚木さん」

あたしはそのままその場をあとにした。

壮一郎に彼女ができるかもなんて、いままで考えもしなかった。高校三年生なんだから彼女くらいできてたっておかしくないのに。壮一郎と同じ高校に通えるからと喜んでた自分がバカみたい。

たったいま高槻先輩に言ったことを思い返した。

逃げているのはあたしも同じだ。

どうがんばったって、あたしは妹でしかない。

だけど、このままじゃイヤだ。

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