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日直だからいつもより早く登校しなくちゃ、と思ったのが間違いだった。日直だったことを当日の朝思い出した春菜は、朝食もとらずに駅へ急いだ。ホームの階段をかけあがると、ちょうど発車間際だったいつもより二本早い列車になんとか間に合った。
ドアの近くは混み合っていたが、奥のほうはもう少し余裕があるようだ。次の駅が乗り換えターミナルになっているため、いつもおおぜいの乗客が乗り降りする。春菜は乗降客の迷惑にならないようにと、車両の中ほどへ移動した。
駅の階段を走ってあがったため息を切らせていた春菜は、そこでようやく落ち着いた。あいにく吊り革はどれもふさがっている。まわりはみなサラリーマンらしく、春菜は暗い色のスーツ姿の男たちにはさまれていた。この春高校に入学したばかりの春菜は、まわりの男たちより頭一つ分以上背が低い。人の谷間は薄暗くて、それが春菜に暗い夜道に一人取り残されたような不安を感じさせた。
走り出した列車の揺れにときおり踏ん張る。通学バッグを両手で体の前に持ち、春菜はうつむいて立っていた。何かがお尻にあたる感触に気づいたのは、列車が駅を出て一分とたたないうちのことだ。
(チカン!)
反射的にそう思った。ただ、手で触られているような感じではなかった。誰かのかばんの角があたってるだけなのかな、と思いながらも、緊張で体が固くなる。
何か指よりは太いものだ。列車の揺れにあわせてリズミカルに押しつけられている。何だろう、そう思っているうちに突然それが何なのかわかった。
(やだ、男の人のアレがあたってるんだ)
そう思ったとたん、恥ずかしさで顔が熱くなった。
電車通学を始めてひと月の春菜は、いままで痴漢にあったことはなかったが、何人かの同級生から痴漢された体験を聞いたことがあった。他校の生徒には、知らないうちにスカートに精液をかけられた子もいるそうだ。そんな話を聞いて、怖いよねー、などと軽口をたたきあっていても、降りる駅の階段の位置にあわせて普段は女性専用車両に乗っていたため、まさか自分が痴漢にあうとは思っていなかった。
春菜は、やっぱりわたしの勘違いなんじゃ、と思いたい気持ちもあって、体をこわばらせたままじっとしていた。
それがいけなかったのか、今度は背中全体に体を密着されるのを感じた。勘違いなんかじゃない。すぐ背後にいる誰かが、春菜に覆いかぶさるように体をくっつけているのだ。セミロングの髪のすきまから首筋に息を吹きかけられたような気がした。
(やっぱりチカン!)
声が出そうになるのをこらえる。春菜は固く目を閉じて身を縮めた。バッグを持つ両手にぎゅっと力を込める。
痴漢は少しかがむような動作をした。両側から包み込むように痴漢の手が春菜の太ももに触れた。背筋を悪寒が走った。痴漢の手は意外とやわらかくすべすべしている。痴漢がゆっくりと姿勢を戻した。それにつれて、痴漢の両手が春菜の太ももを上っていく。その動きがミニスカートの裾を捲り上げた。痴漢の動きが止まったときには、春菜は腰のあたりを背後から抱え込まれるような体勢になっていた。
そのまましばらく痴漢は動かなかった。十秒ほどたったろうか。獲物の反応を確かめているのだと春菜は思ったが、どうすればいいのかわからない。
(やめてよ……。誰か、助けて……)
そっと片目を開け、上目使いにまわりをうかがってみる。男性サラリーマンたちの背中ばかりだ。誰も気づいてくれそうにない。
スカートの中に入れられた痴漢の手がふたたび動き出した。パンツのラインに沿ってお尻を撫でていく。その手が今度は前にまわり、股間に近づいていく。春菜はバッグを持った両手を自分の股間に押しつけるようにしてガードした。
(それ以上はダメ!)
痴漢の手はどこかに隙がないかと探すような動きをしたが、ふたたびお尻へと戻っていった。今度はお尻全体を揉むようにして撫でまわしはじめた。春菜は全身に鳥肌が立つのを感じた。痴漢の手がお尻の割れ目に沿って下のほうへ移動してきた。後ろから春菜の股間を狙っているのだ。
次の駅までどのくらいだろう、と春菜は考えた。もうそろそろ着くはずだ。そうしたら逃げよう。一度ホームに出て、女性専用車両に乗りなおすのだ。そうすれば痴漢も追ってこれない。それまでのがまんだ。
スカートの上からお尻を触られるだけですむなら、春菜はあきらめるつもりだった。まさかスカートの中に手を入れられるとは思いもしなかった。しかし痴漢はそれだけで許してくれるだろうか。春菜がじっと耐えているのをいいことに、OKな子なのだと勝手に決めつけているのではないだろうか。
脚が震えた。気持ち悪い。こんなことをする人がいるなんて信じられなかった。それ以上に、自分を性的欲望の対象と見ている人がいることに嫌悪感を覚えた。早く駅に着いてと祈りながら、春菜は固く閉ざすように、お尻に力を込めた。
そのとき列車がブレーキをかけ、速度を落とし始めた。車内アナウンスがまもなく駅に停車することを告げる。春菜はほっとして目を開けた。駅に入った列車は、最後に強くブレーキをかけ、車両がガックンと揺れた。後ろによろけた春菜はバランスを取ろうとして脚を開いた。その瞬間、痴漢の指がパンツの布ごしに春菜の秘所に触れた。
「ひゃう!」
春菜のあげた声に前にいたサラリーマン風の男が振り返った。やだ、気づかれた、と思った瞬間、列車が停止した反動で今度は痴漢がよろけ、春菜の両脚のあいだに片脚を突っ込んできた。春菜は、下から股間を膝で持ち上げられるようなかたちになった。
「やだあ!」
パニック状態の春菜は痴漢の足の甲を、靴のかかとで思いっきり踏みつけた。そして開いたドアに向かって逃げ出した。あたりにいた乗客たちを肘でかきわけるようにして、人ごみの中をもがいた。
早く逃げなきゃ、という一心でようやくドアにたどりつき、ホームに一歩踏み出したところで、春菜は背後から二の腕をつかまれ、そのまま列車の中に引き戻された。戸袋の裏に身動きできないほどの力で押しつけられた。ホームにいた乗客が列車に乗り込むあいだ、春菜は何が起きたのかわからず呆然としていた。
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[淫獄列車]
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