第16話 世はなべて事もなし (01)

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 待ち合わせ場所に選んだのは住宅街の中にある公園だった。

 入り口を入ったあたりはブランコやすべり台が設置された児童公園になっているけど、奥の方は木々が生い茂った自然公園ふうになっている。人工の池やせせらぎが設けられていて、花壇には色とりどりの花が咲いていた。

 公園内に人はいない。小雨が降り始めていた。あたしは池のほとりにある東屋に入って、石の腰掛けに座った。

 さすがに緊張する。

 三週間前、この近くで拉致されたんだ。危うく集団強姦されてその一部始終をビデオに撮られるところだった。マッチングアプリで知り合った川口という若い男にだまされて、まんまとおびき出されてしまった。

 あたしは援助交際をしている。危険と隣り合わせなのは承知の上だ。すべては自己責任。だから、あたしを強姦しようとした男たちに対して恨みや憎しみの感情はない。むしろ、あたしのどこに落ち度があったんだろうと考える。だまされていることにもっと早く気付けなかったか、拉致されたときにうまく逃げることはできなかったか、そのために自分に足りていないものは何か。こうゆう考え方を「ヒヤリハットを教訓にPDCAサイクルを回す」と言うそうだ。

 援助交際は危険なゲーム。もちろんウィンウィンを目指すけれど、もしも負けたら掛け金を失う。ヘタをすれば殺される。そうなっても誰も助けてくれないし、同情もされない。それは男の方も同じ。きょうのあたしは取り立てる側だ。

 これから会うのは川口だ。女子高生だと思ってナメていたら大変なことになると思い知らせてやるんだ。

 きょうは白のブラウスにベージュのオーバーオール。髪はポニーテールにした。セックスしに来たわけじゃない。バッグの中にはスタンガンと催涙スプレーを入れてあるけど、まあ、これを使うようなことにはならないはずだ。

 十分ほどすると川口が姿を現した。ホワイトパンツに黒のテーラードジャケット、素足にローファーといういでたちで、二十代半ばのイケメンらしい爽やかさだ。何も知らなければかなり魅力的に見える。

「やあ、沙希ちゃん。また会えてうれしいよ」

 と、このあいだの拉致事件などなかったかのような笑顔で声をかけてきた。

 あたしは立ち上がって川口をにらみつけた。前回この男には「お金が欲しくてエッチにも興味がある女の子が軽い気持ちで援交しようとしてしまっただけ」と思わせたのだった。だから、その設定に沿った表情を見せたのだ。

「そこで止まってくださいッ」

 近寄ってくる川口に言った。おびえている感じで声を震わせた。

 川口は三メートルほど離れたところで立ち止まると、乱暴なことはしないよと言いたげに両手をあげてみせた。

 スタンガンを取り出して放電スイッチを押した。パチパチという破裂音とともに青白いスパークが光った。

「わかったわかった。話をしたいってことだったね。ぼくもさ。沙希ちゃんには誤解されたまま別れちゃったからね。ちゃんと話せばわかりあえるさ」

 川口はおどけた表情をくずさない。

「信じてたのに。いままでも女の子をだましてオモチャにしてたんですかッ」

「とんでもない。沙希ちゃんだって、気持ちいいことして楽に大金を稼げるようになりたいだろ? そのためにはプロモーションビデオだって必要だよ。セックスのテクニックだって知っておいた方がいい。ぜんぶきみのためにやったことだよ」

「だからといって、何人もの男の人と同時になんて、したくないです。なんなんですか、あの人たち。裏フーゾクで働かせるって。川口さん、風俗のスカウトだったんですか」

 川口はすこし考えるような顔をした。こんどはどうだますか考えてるんだな。

「こうして沙希ちゃんの方からもう一度会いたいって言ってきたんだ。ということは、きみだって興味があるんだろ? 沙希ちゃんはものすごく美人で可愛いから、月に百万くらいは稼げるよ。友達がしたことないような経験もできて一石二鳥じゃないか。やってる子はいっぱいいるよ。でも高校生だとトラブルに巻き込まれることも多い。お金を払わずに逃げる男とか、ハメ撮りしようとする男とかね。ぼくたちみたいなおとながマネージャーになってあげた方が安全だし、身元の確かなお金持ちを紹介してあげられるから女の子たちも安心できるんだ。そうだ、ほかの女の子たちに会わせてあげるよ。その子たちの話を聞いてみれば沙希ちゃんの誤解も解けると思うんだ」

 こんな話を信じてしまう世間知らずの田舎娘もいるんだろうか。そもそも、あたしはとっくに月に百万以上稼いでるんだぜ。

「ホ、ホントにほかの女の子がいるんですか? どこで、何人くらい……?」

「南千住だからすぐそこだよ。いまも三人の子が部屋にいるはずだ。さ、一緒に行こう」

 あたしが興味がある様子を見せたからか、川口は素直に答えた。

 そのとき、公園の入り口からタイヤをきしませながら一台のグレーのワンボックスカーが突っ込んできた。あの日、あたしを拉致した連中だ。

 やっぱり来たか。思ったより早かったな。

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