第14話 童貞のススメ (06)

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 七分丈パンツの人は高梨大樹、黒い人は朝岡貴志と名乗った。大学三年生で二十歳だという。文系の大学によくある何を学ぶのかよくわからない長い名前の学部だった。

「まずは順番を決めようよ」

 あたしは百円玉を取り出した。

「二時間ずつ。コイントスで。高梨さん、表か裏か?」

 高梨さんは三人でデートするものだと思ってたようだけど、そんな甘ったれた根性で女子高生といいことできるわけないじゃん。

「お、表」

 朝岡さんに目をやると、「裏」とそっけなく言った。

 あたしは百円玉を弾いて受け止め、手の甲に乗せた。

「裏。朝岡さんからですね。高梨さんは二時間ほど時間をつぶしててください。あたしたちの後をつけてきちゃダメですよ?」

 もちろんあたしはワザと裏を出したのだ。練習すればコイントスでインチキができるようになる。高梨さんはあたしとデートしたがっているから後回しにしても構わない。じらした方が御しやすくなるというものだ。でも、朝岡さんは二時間も待たせたら逃げてしまうかもしれないからね。

 カフェを出て朝岡さんからお金を受け取ると、スマホのタイマーをセットした。

「いまから二時間、よろしくお願いします。ふりでいいので、いまだけあたしの恋人になってください」

 この二時間で、この子とヤれるかもと期待させ、次のデートに誘わせることがあたしの目標だ。

 いっしょに歩き始めても朝岡さんはムスッとしたままだった。まだうしろで高梨さんが見てるからかな。女の子との接し方がわからないのかもしれない。

「手、つないでもいい?」

「え? いや、別に本当の恋人ってわけじゃないんだし……」

 恐れをなしてあっちを向いてしまった。そのくせ、手汗をポロシャツで拭ってる。

「じゃあ、腕組んで歩こ」

 言いながら腕をからめると、朝岡さんはびっくりして飛び退いた。まさか、女性恐怖症というわけではあるまいな。あまり強引にするのはよくないかも。

「もー、朝岡さんってば。三万円も払ったんだから、遠慮してたら損だよ。むしろ、本当の恋人じゃないからこそ、自由に振る舞っていいのに。いまのあたしは朝岡さんのすべてを受け入れてあげる理想の彼女なんだから」

 シャイな弟を励ます姉のような笑顔で言った。朝岡さんは顔を赤らめたけど、どうしたらいいかわからないまま「むー」とうなった。

 しかたがないので、腕と腕が触れ合う距離で並んで歩いた。ときどきちょっと長めに腕をくっつけてまた離す。スキンシップのジャブでガードを崩す作戦だ。

「あのう、朝岡さん、さっきはごめんなさい」

 しおらしく言うと、朝岡さんは戸惑いながらあたしを見た。

「さっき朝岡さんのこと、あんまりモテなさそうとか言っちゃって。あたしと坂下さんを尾行してたんだなんて言うからですよ。朝岡さんはカッコいいタイプだからホントはけっこう女子にモテるんでしょ? 実は彼女もいたりして」

「さて、どうだったかな」

 こういう誤魔化し方をするのはモテないし彼女もいない、いたこともない、ってことだ。デートのやり方もわからないんだろうな。こちらが引っ張ってあげないと進まない。

「ねえ、朝岡さん。公園に行ってボートに乗ろうよ」

「ボートって、白鳥のやつか?」

「白鳥のやつに乗ったカップルはすぐ別れるんだよ。だから乗るのは手漕ぎボート。一度乗ってみたかったんだ。朝岡さんって力が強そうだし。いいでしょ?」

 白鳥のボートに乗ったカップルが破局するというジンクスは有名だけど、手漕ぎボートに乗ったカップルの場合はもっと現実的な破局理由がある。男がうまくボートを漕げなくて幻滅、というやつだ。たぶんデートの経験なんてない朝岡さんはそこまで気が回らないようで、「まあいいか」と安請け合いした。高梨さんとの違いを見せたいという気持ちもあるはず。高梨さんはあまり腕力なさそうだし。まあ、あたしはボート漕ぎがへたっぴだからって見限ったりしないけどね。

 ボート乗り場に着くまで、朝岡さんはほとんどしゃべらなかった。ものすごく緊張してるのが伝わってくる。このデートを苦痛に感じてるとしたら、あたしの本意じゃない。その割にエッチな視線も頻繁に送ってくるんだよなぁ。

 係員の案内で桟橋に進む。横付けにされたボートに朝岡さんがおっかなびっくりという感じで片足をおろした。ボートは乗り降りするときが難しいんだよね。係員に支えてもらいながらバランスを崩さないよう乗り込む。あたしも続いて乗り込んだ。船尾の方に腰をおろすと、ボートがゆさゆさと左右に揺れた。

 無事に乗り込めたあたしたちは互いに顔を見合わせた。ホッとしたのか、朝岡さんが顔をくしゃくしゃにして笑った。

 なんだ、けっこうカワイイ笑顔も見せるじゃん。

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