翌日は文化祭の前日だったので、午後は授業がなく、文化祭の準備にあてられていた。
教室の飾り付けや小物類の準備がされるあいだ、ホール担当の子は実際の衣装に着替えてみせた。四人のアリスだけでなく、きちがい帽子屋や三月ウサギの子もだ。
あたしはエプロンドレスのスカートをパニエでふくらませ、リボンカチューシャを着けた。可愛いともてはやされるのは気持ちいい。
ゆうべの憂鬱な気分を引きずってはいなかった。
いまでもときどき発作を起こすことがある。中学のときはそのまま強姦されるために出かけていた。あの頃に比べると、ずいぶん回復したと思う。援助交際をするようになって、あたしは自分を取り戻せたんだ。
援助交際ではあたしが主導権を握っている。値段は自分で決めるし、値切りには応じない。男たちに女子高生とのセックスを提供する対価として、お金と快感、それに愛情を受け取る。自分の意志で決めて、自分の意志で行動してるんだ。
自分がすり減っていくという意識はある。抱かれるたびに、あたしの女としての商品価値がすこしずつ目減りしていくのは感じている。
だけど、あたしにはこれしかない。
どうして自殺しなかったんだろうと考えることがある。一番ひどいときでさえ、自殺は考えなかった。死ぬのが怖かったからというのはあるけど、それと同じくらい、セックスが好きだったからだ。
もっともっと気持ちよくなれるはずだ。ネットで読んだいろんな人の体験談。経験の少ないうちはあまり気持ちよくないけど、愛する男性に体が開発されていけば、失神するほどの快感を感じるようになる。そんなふうに書かれていた。
そんな気持ちよさがあるのなら、それを体験せずに死ぬのはもったいないと思った。
皮肉なことに、あたしの心をめちゃめちゃにしたセックスが、あたしの生きるよすがになってたんだ。
このまま援助交際をつづけていけば、いずれはあたしは壊れてしまう。
だけど、そこにしかあたしの居場所はない。
だから、あたしは拓ちゃんの彼女だと思われてちゃいけない。
こんな子が拓ちゃんの彼女だと思われたくない。
拓ちゃんはあたしの初恋の人だ。
小学二年生のとき、拓ちゃんに恋をした。子供っぽい恋だったけど、あたしにとっては唯一の恋の思い出だ。もしもバージンだったら。もしも娼婦じゃなかったら。高校で再会した拓ちゃんに胸を張って恋をすることができただろう。
でも、拓ちゃんにふさわしいのは岡野会長みたいな人だ。
あのサイトは閉鎖させなくちゃいけない。
管理人を見つけなくちゃいけない。
方法はまだある。
「あ、生徒会長」
誰かの声で我に返った。岡野会長が教室の入り口のところに立っていた。学級委員の子と何か話していたけど、すぐにあたしに気づいて手を上げた。
「やあ、美星さん。いま、いいかな?」
「はい、生徒会長」
あたしは廊下に出た。文化祭の準備であたしがするべきことはもうない。あとはクラスの子たちにまかせておけばいい。
「例のサイトのことを生徒会でも調べてみたんだが、新しい手がかりはつかめなかった」
会長は腹立たしげに言った。あきらめた様子はない。頼もしい人だ。
「岡野会長、実はひとつ考えがあるんですけど。今朝、また順位がアップして、あたしは五位にいます。きのう、岡野会長といっしょに校内を歩きまわったせいだと思います。小川さんたちとの写真もアップされて、その……、どうやらあたしは注目株扱いになってるみたいなんです。サイトの盗撮写真も、あたしのだけが増えてます」
「それは大変だったな。いや、わたしのせいか。わたしがきみを調査に付き合わせてしまったから」
「それはいいんです。たぶん犯人もあたしに注目してると思うんです。だから罠をかけるんです。掲示板の方の裏サイトに、あたしのコスプレ写真のリクエストをわざと書き込んで、そのあとで、この――」
と、スカートの裾をつまんで見せ、
「アリスの格好で校内を歩いていれば、犯人はあたしの写真を撮ろうとするはずです」
会長は眉根を寄せた。
「つまり、きみがおとりになって、サイトの管理人をおびき出そうというのか?」
「そうです。でも、ひとりじゃ犯人を取り押さえるのは無理なので、会長にも協力していただけないかと思って」
「しかし、きみのそんな、その……、可愛らしい姿がアップされたら……。そんなことをすれば、きみの順位がますますアップするだろう。きみはあのランキングに載るのが迷惑だったんじゃないのか?」
会長はケータイを取り出して、きのうあたしが教えたサイトにアクセスした。それからすこし焦ったような表情で、
「美星さんはいま四位だ」
[援交ダイアリー]
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