とりあえず快斗くんからプリントを受け取って、ベッドの端に腰掛けた。まあ、高校一年生のあたしに大学の入試問題が解けるはずもないけど。
だいたいこんな問題だった。
『ライオンがガゼルを狙っている。ガゼルがライオンの真正面に来たとき、ライオンに気付いたガゼルは、ライオンの向きと直角方向に一直線に速度Vで駆け出した。同時にライオンが速度vでガゼルを追いかけ始めた。ライオンは常にガゼルを真正面に捉えながら距離をつめ、ついにガゼルを仕留めた。ライオンとガゼルの最初の距離をSとするとき、ライオンがガゼルに追いつくまでの時間を求めよ』
さっぱりわからん。ここからどうやって色仕掛けに持っていこうか……。
「どこの大学の学生か知らないけど、その問題が解けたら家庭教師にしてやるよ」
「これ、有川先生の宿題でしょ? あたしが解いちゃったらマズイじゃない。自分が解けないからって、ズルはよくないと思うな」
「解いてから言えよ。ライオンが走る軌道の曲線を式で表せればいいのはわかるんだ。そうすれば微分積分を使って曲線の長さを求める公式に当てはめればいい。速度は一定だから、長さを速度で割れば時間が求まる。その公式くらいは教えてやってもいいけどね」
「あたし、微分積分なんて習ってないよ」
「家庭教師のバイトするくらいなら文系でも習うだろ!? 採用試験は不合格だな」
こいつ……、好感が持てるとか思ったけど、実は性格悪いな。
あたしはプリントを放り出して立ち上がり、また快斗くんのそばに寄った。
「降参。あたしは家庭教師失格。認めるよ。きみの勉強を見てあげることはできそうにない。もういいから、こっちにきてすこし休憩しない?」
そう言いながら、ブラウスのボタンをはずした。胸の谷間をちょっとだけ露出させる。白いブラジャーにつつまれたCカップのバストを――そう! あたしの胸は最近になってCカップになったのだ――快斗くんに見せつけた。フロントホックをはずす。でも乳房は見せない。快斗くんの股間が膨らんできた。
「女の子のおっぱい、ナマで見たことある? キスとかエッチなことはダメだけど、触るだけならいいよ」
「い、いや、俺、まだ勉強があるから……」
「高校二年生の男子だったら、ほとんどのクラスメイトがキスの経験はあるんじゃないかなぁ。エッチだって経験済の子もクラスにいるんじゃない?」
「知らないよ、そんなこと」
「これから毎週、美人家庭教師のお姉さんと裸で抱き合えるんだって想像してみて。すごくどきどきワクワクしない? 勉強だってはかどるよ。快斗くんってけっこうハンサムだよね。頭もいいし。ハグしてもいいよ。でも、エッチなことはしないでね。ねえ、快斗くん。この部屋にはいまあたしたちふたりっきり。だから……」
背後から快斗くんの両肩に手を置く。あたしより背が高い。
「こ、こういうこと、あちこちでやってるのかよ」
「そんなわけないでしょ。そりゃ、あたしはバージンじゃないし、清純ぶるつもりもないけど。でも、年下の男の子はきみが初めてなんだよ」
と、快斗くんの耳元でささやいて、胸を軽く押し付けた。
快斗くんはすっかり落ち着きをなくしてソワソワしてる。あたしの匂いにクラクラきてるはず。誘惑されてるのにエッチはダメと言われてムラムラしてるはずだ。ちょっと勇気を出せばヤレるかも、でも触るだけよと言われてるし――なんていう葛藤が激しく渦巻いているにちがいない。
もうひと押しだ、と思った瞬間、快斗くんが跳ねるようにあたしから離れた。
「俺には好きな子がいるって言ってるだろ! 俺はその子みたいな清純な子がいいんだ。あんたみたなヤリマンビッチは願い下げだよ。うちの母親にいくらもらったか知らないけど、問題が解けないならクビだ!」
一気にまくしたてると、快斗くんはさずがに言い過ぎだと思ったのか、黙り込んだ。
あたしは立ちすくんで目に涙を浮かべた。
おろおろしだした快斗くんを手で押しのけて、さっきのプリントを拾い上げた。机の上にあったボールペンを取ると、イスに座った。直角に接する二本の直線とその間を結ぶ曲線を描く。
「曲線の式を求める必要なんてないんだよ。ライオンはガゼルを正面に捉えてるから、ライオンの立場に立てば、ガゼルが体の角度を変えながらまっすぐ自分の方に近づいてくるように見えるわけ。その角度θは時間の関数になるはずだから、三角関数を使えばガゼルが近づいてくる速度がわかるよね。それを時間で積分すれば最初の距離Sになるから、この式を時刻tについて解けば――」
「あの……、先生、さっきのはその……。俺が言いたいのは、お金をもらって性的なことをするのはよくないっていうか……」
あたしはボールペンを机に叩きつけると立ち上がった。
「あんたってサイテー」
そう言い残して、快斗くんの方を一瞥もせず部屋を出ると、後ろ手にドアを閉めた。
快斗くんが追いかけてくる様子はなかった。
[援交ダイアリー]
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