第12話 エンジェルフォール (09)
教室にお弁当を取りに戻ったあと、中庭に向かった。
「美菜子ちゃん、あたしのGPSをたどってきたんでしょ? 先にお弁当食べててもよかったのに。うまくトラッキングできてた? 使えそう?」
「うん。沙希ちゃんに相談したいことがあったので。ちょうどふたりでスマホのGPS追跡を試してるところだったから、さっそく使ってみたんです。校舎内でもうまく見つけられましたよ。まさか先生とエッチしてる最中とは思わなかったけど」
梨沙にGPSのことを聞かされたので、あたしも何かに活用できるかもと思ったんだよね。それで美菜子ちゃんと互いのスマホをトラッキングできるか試してみてたんだ。まあ、どう使うかはこれから考えるんだけど。
「先生、びっくりしてたね。当たり前だけど。美菜子ちゃんが援助交際してること、藤堂先生に打ち明けちゃってよかったの?」
「問題ありません。沙希ちゃんのお客さんだし、あの先生は信用できるのでしょう?」
「それは大丈夫。でも先生はヤリチンじゃないから、そこは分かってあげてね」
特殊性癖のことはいまは言わなくてもいいだろうと思って黙っておいた。
中庭に出ようとしたところで、カフェテリアから出てきた岩倉くんと鉢合わせした。ほかに同じクラスの三人の男子と一緒。
「岩倉くん、もうゴハン済んだの?」
「よお、美星、小川さん。お前らはいまごろから昼メシか?」
あたしが声をかけると、岩倉くんが元気に笑いながら答えた。それを見てほかの男子たちがニヤニヤ笑った。
「美星さーん、旦那さん借りてきますねー。俺たち体育館でバスケするんで」
「美人の奥さんでうらやましいのぅ。こいつ、美星さんの手作り弁当が恋しいとか言いながらラーメン食ってたんだぜ」
「バカ、そんなこと言ってねー」
美菜子ちゃんはクスクス笑い、あたしは嘆息した。男子ってほんとバカ。
図書室当番のときにお弁当を作ってあげてたから岩倉くんと噂になっちゃった。岩倉くんは魅力的な男子だと思うから嫌な気はしないけど。
十五分前まで藤堂先生とセックスしてて、いまもちょっと精液がたれてきちゃう。そういうことは岩倉くんもほかの男子も夢にも思っていない。これには罪悪感みたいなものを感じた。
出遅れたからテーブルがほかの生徒に使われてるんじゃないかと心配だったけど、いつもの場所は空いていた。そのテーブルであたしたちはお弁当を広げた。
「それで、相談したいことって?」
美菜子ちゃんはスマホを取り出して、
「デートに誘われました」
と言いながら差し出した。
昨日から男とやりとりしている履歴を見せられた。ざっと読んでみたところ、なかなかさわやかな感じで悪くなさそうな人だ。
「マッチングされて、相手の人からメッセージが来たんです。感じのいい人だなと思ってお返事したんですけど、話が合うっていうか、盛り上がってしまって……。一度会って話さないかって……」
「へえー、高坂さん、三十三歳。独身の弁護士かぁ。写真で見ると顔はなかなかね」
「お仕事がお忙しそうなんですけど、明日の午後は二時間くらい時間が取れるから、カフェでお茶でもしませんか、って誘われてるんです」
美菜子ちゃんは不安そうにしてるけど、悪い話じゃない。
「いいんじゃないかしら。すくなくとも即ハメ狙いのヤリモクじゃなさそう。やさしそうな人だし、美菜子ちゃんとも気が合うみたいだし。どんな人なのかは実際に会ってみないとわからないものだしね」
「そこが問題なんです。この方、すごくいい人みたい。真剣な交際を望んでいるのかも。でも、わたしは援助交際希望で、お金ももらわないといけないし。なんか、騙しているのが申し訳なくて。いつ援助交際だって打ち明けるのがいいんでしょうか?」
「会って話してみて、この人になら抱かれてもいいと思えたときかな。そう思えないならそれまでの話だし、援交の話をして相手が嫌悪感を持つならそれ以上時間をかけても意味ない。何度もデートしたあとで打ち明けるのはやっぱり失礼だしね」
「援交だなんて、叱られたり軽蔑されたりしないかな」
あたしは美菜子ちゃんの手を握った。
「大丈夫。感のいい人なら美菜子ちゃんのプロフで援交だってわかるし、最初はお話しするだけっていうならただのヤリモクじゃない。LJKだって言ってるのに声をかけてくる三十三歳なんてぜったいロリコンの人だって。いい人に出会えたと思うな」
美菜子ちゃんはまだ不安そうに、弱々しく微笑んだ。
「わかりました。がんばってみます。でも、ひとりじゃ不安なので……、沙希ちゃん、いっしょに付いてきてくれませんか」
えー?
それはちょっと、どうなんだろう。
[援交ダイアリー]
Copyright © 2021 Nanamiyuu