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こないだ京都に行った帰りに新幹線に乗ったときのことなんだけどさ。
平日の夕方で車内はけっこう混んでたんだ。なんとか指定席を確保できたんだけど、B列しか取れなかった。ちなみにB列というのはつまり三列シートの真ん中の席ってことね。
列車に乗り込んで自分の席にたどりつくと、サラリーマンらしいオジサンふたりに挟まれた席だった。
うわー、ついてねー、と思いましたよ。
ごめんなさい。おじさんが悪いわけじゃないですよね。でも、女からすると男性に挟まれた席はちょっと敬遠したくなるのもいたしかたないわけで。
窓側A列にはちょっと小太りの人。三十歳くらいでしょうか。ネクタイはネイビーでまじめそうな雰囲気です。トレーにノートPCを置いて、なにやら仕事をしてる様子。
通路側C列にはノーネクタイで半袖シャツを着た痩せた人。黒縁メガネの奥で大きな目がぎょろぎょろしてる。五十代後半でしょう。腕は毛むくじゃらだけど、頭のてっぺんの髪は薄くなってる。
「あ、前、すみません」
と、軽く頭を下げると、五十代の男性と目が合った。
え?
ミニワンピの裾からのぞく太ももを舐めるように見られたよ。ノースリーブの脇から中を覗きこむように見られたよ。なにこの人。ノーブラなの気づかれた?
その男性は唇の端をあげてニヤッとすると、脚をどけてわたしが通れるようにした。
わたしは男性の脚に触れないよう注意しながら座席の真ん中に移動し、トートバッグを網棚の上に載せた。その間、わたしのお尻がメガネの男性の視線から無防備になってしまった。振り向くと案の定だった。自意識過剰だろって男の人は言うかもだけど、いやらしい視線というのは見ればわかるんだよね。にらみつけてやりたい気持ちを抑えて、もう一度頭を下げると席に座った。
窓側の席の男性は顔を上げずにずっとパソコンの画面を見ていた。何かのレポートを作っているようだった。こんな場所でもお仕事なんて大変そう。つーか、取引先会社名とか、なんか企業秘密のはずの数字とか、いろいろ見えちゃってるんだけど。情報管理のできない男は秘密を守れない男、ダメな男だぜ。
はあー、なんか変な人たちのとなりになっちゃったよー。
どうも五十代の男性にギョロ目で脚を見つめられてるような気がする。バッグは膝の上に載せればよかったよ。この人が名古屋で降りてくれればいいんだけどな。
いちおー言っておくと、わたしは年上の男性はけっこう好きだ。母子家庭だったせいだろうけど、やさしいお父さんみたいな人にはあこがれる。でも、それはあくまでハンサムな人に限定だよ。あたりまえだけど。
あ、これもいちおー言っておくけど、男は顔より内面だと思ってるよ。ただし、内面の魅力は顔に出るとゆうのも真実なわけで。魅力的な男性というのはちゃんと魅力的に見えるものなんだ。
「大学生ですか?」
「ひぇ?」
列車が走りだしてしばらくしたとき、唐突にギョロ目オジサンに尋ねられた。思わず変な声を出してしまったよ。
「女子大生さんですか?」
ギョロ目さんがもう一度訊いた。
「はあ、まあ」
と、あいまいに返事をした。働いてるけど、二十一だから女子大生と言ってもおかしくはない。第一、ほんとのことを答える義理もない。
「わたしは機械部品の会社で役員をしてましてね。明日の朝の会議のために千葉に行くんですよ。あなたはどちらまで行かれるんですか?」
「まあ、ちょっと関東方面に」
どこで降りるかなんて駅に着けばどうせわかることだから隠してもしょうがないんだけどさ。それよりこのまま二時間こんな状態なのかと思うとため息が漏れた。
「最近の大学生は就職活動たいへんでしょうねえ。学部はどちらです?」
「はあ……、まあ、普通です」
ごめんなさい、あなたと世間話をするつもりはないです。
会話に乗ってこないのをがっかりした様子もなく、ギョロ目さんはちょうど通りかかったワゴン販売を呼び止めた。それからわたしの方を見て、
「バニラと抹茶、どっちがいいですか?」
何を言っとるんだ、この男は。
「バニラにしときましょうか。じゃあ、お姉さん、バニラアイスふたつください」
誰も頼んでないよ。とは言い出せず、販売員の女性にうながされてしかたなくトレーを出すと、アイスクリームのカップが置かれた。
「どうぞ、遠慮せず食べてください。え? お金はいりませんよ。ごちそうします。いや、ごちそうなんて大層なものじゃありませんがね」
そーゆーわけでアイスをおごってもらうハメになりました。いや、食べましたよ。ほっといたら溶けちゃうし、それはそれで面倒なことになるじゃん。それにアイスに罪はないし。つーか、手を付けないのもかえって怖いしね。
街中でのナンパなら無視して立ち去ればいいけど、新幹線の中じゃ逃げ場ないし。
それにナンパと決まったわけでもない。このくらいの年齢のオジサンは職場の女子社員に慕われてると思い込んでトンチンカンな行動を取ってしまうことがよくあるものだ。と、週休四日のパート女子が言ってみる。
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[車内セクハラ事件]
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