赤いマフラーを除けば、紺のジャンパースカートに紺ブレザー、ネクタイなしという地味な制服のせいかな。その美少女は、ファンの目から逃れるために変装したアイドルのように見えた。隠そうとしてもオーラがあふれてしまう感じ。友達と話す表情からは、世界は希望に満ちていると考えているような、楽観的でポジティブな性格が見て取れる。あたしとは住む世界が違う感じだ。
「あれって、よこみつの制服じゃん。お嬢さまでしょ? 男子校で女の子とろくに話したこともない快斗くんには、ちょっとハードル高いんじゃない?」
口も聞いたことがないのに『ホナミさん』とか下の名前で呼んでる時点でダメだよ。
「うるさいな。想うくらいは勝手じゃないか」
「そんなこと言ってるうちに、ほかの男の子に取られちゃうよ。それとも、もう彼氏いるかもね。あれだけ美人なんだから」
「それはない。いつも女子としか話してないし、向こうだって女子校だし……」
腹が立つほどオメデタイな。これじゃ一生彼女なんてできっこない。
「それでホナミさんの方から話しかけてくれるのを待ってるわけ? モテない男の典型だね。声をかけるのは男の役目だよ」
「意外と古い考え方なんだな。それにガツガツする男なんてみっともないし、女子からも嫌われるはずだ。別に誰にでもモテたいわけじゃないし」
「あのねぇ、快斗くんはモテるとかモテないとかを論じるレベルに達してないの。それ以前に、きみは女子の視界に入ってないんだから。ホナミさんがきみのことをちょっとでも見てると思ってるなら大間違いだよ」
「それは……、そんなこと言ったって……」
「ねえ、快斗くん。自分を変えたいと思わない? モテモテになれとは言わない。でも、せめて好きになった子に振り向いてもらえる程度にモテる男になりたくない?」
快斗くんの表情が一瞬だけ明るくなりかけたけど、すぐに目をそらしてしまった。
「そんなの、どうせ無理だよ。モテるのはイケメンのスポーツ万能でおもしろいヤツだ。俺なんかが声をかけたってフラれるに決まってる」
「イケメンがモテるわけじゃないんだよ。快斗くんにいちばん欠けているのは、女の子と接する経験なの。失敗を怖れて積極的になれない。できない言い訳ばかり探して行動しようとしない。けれど、あたしとはこうして普通に話せてるじゃない。だから、あたしで練習すればいいんだよ。きみの恋の練習台になってあげる」
快斗くんはうつむいたまま黙りこんでしまった。あたしの言ったことについて考えているんだ。男性がこういう反応をしたときは、真剣に検討してるってこと。結論をせかしてはいけない。とはいえ、もうすこしプッシュが必要みたい。
「快斗くん、気付いてる? さっきからまわりの空気が変わってること。みんな、あたしときみのこと噂してるよ。松田といっしょにいるあの女の子は誰だ、ってね」
「え?」
快斗くんがあたりをきょろきょろ見回した。ここにいる高校生たちの集団の中では、あたしはホナミさんと同じくらい目を引く存在だ。普段女の子に縁のない快斗くんに、あたしみたいな美少女がくっついてれば、そりゃ話題になる。
『あんな子、いたっけ? あの制服、どこの学校だかわかるヤツいねーの?』
『どういうことだよ。松田の彼女? 聞いてないぞ』
『あんなカワイイ子が松田の彼女なんて、ありえないだろ』
『じゃあ、なんであんなに距離が近いんだよ』
快斗くんはまわりのヒソヒソ話を聞いて耳を赤くした。こらえてるようだけど顔がにやけてる。
「どお? これが女の子にモテるってことだよ」
あたしは快斗くんの腕にしがみついて体をくっつけた。まわりのギャラリーが息を呑んだ。
ホナミさんの方に目をやると、向こうもこっちを見ていた。みんな何を騒いでいるのかしら、という表情だ。
それに気付いた快斗くんがあたしの手をあわてて振りほどいた。あたしはもう一度腕を組んで、こんどは離されないよう力をこめた。
「離れろよ。ホナミさんに誤解されるじゃないか」
「バカね。いま快斗くんは初めてホナミさんに存在を認識されたのよ。彼女持ちだと思われる心配ならいらない。そんなふうに誤解されるほど、きみはまだ彼女に意識されてないから。あの子はこう思ってる。『あんなカワイイ子にまとわりつかれているあの男の子は誰かしら』ってね。女の子はモテる男に興味を持つものなんだ」
「あんた、自分のことを美少女だとか、よく臆面もなく言えるな」
「美人は自分が美人だと自覚してるものだよ。ホナミさんもきっとそう。そして、美人ほど相手がイケメンかどうかにはこだわらないものなの。さあ、きょうはこれでいい。いっしょに帰ろう」
あたしは快斗くんと腕を組んだまま、最寄り駅までいっしょに帰った。ホナミさんのおかげで、思いのほか早く快斗くんとの距離を縮めれた。でも、これ以上の信用を得るためには、ホナミさんとの仲を本気で応援してあげる必要がありそうだ。
[援交ダイアリー]
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