結婚したい (04)

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「それ、めちゃめちゃキモくない?」

と、小春ちゃんが顔をしかめたので、わたしは苦笑して、

「経験すくない真面目な人って、のぼせるとおかしくなっちゃうから。だからレイプ体験を話してあげた。それで頭が冷えるかなと思って。三つ目の体験談を聞かされたところでもうやめてくれ、ってギブアップしたよ」

「それ、つらかったでしょ」

「だけど、わたしみたいな子のために家庭をこわしちゃうのって悪いじゃん。いい人だったし……。それに、不倫するような人と結婚するの、わたしだってイヤだもん、エヘヘ」

それを聞いても小春ちゃんはわたしをなじったりせず、やさしい目でかすかに微笑みを浮かべただけだった。

わたしはコーヒーに手を付けていなかったことを思い出した。一口飲んでみると、もうコーヒーは冷めていた。

「上司との不倫は円満に終わったんだけど、やっぱりわたしたちのこと社内で噂になってたらしくてさ、翌日の朝、上司の上司に会議室に呼ばれて追求されたよ。決定的な証拠はなかったからシラを切り通したけど。おまけに若い男性社員たちが噂してた、わたしがAV女優じゃないか疑惑の件でも追求された。上司はかばってくれたけど、あんまり関わっても彼の立場が悪くなるだけじゃん。けっきょく、既婚の男性社員との不適切な関係を疑われるような行為をする元AV女優は会社にふさわしくない、ってことで、クビ同然で派遣切り。さらに婚約も解消されて現在にいたる、ってわけよ。はあ~、うまくいかないときって、何やってもダメだね」

そう言ってヘタな作り笑いを浮かべるわたし。

でも、さらなる不幸をもたらすメールがこのタイミングで来るとは思いもよらなかった。

着信音にスマホを取り出したわたしは、画面を小春ちゃんに見せた。

「くだんの上司からメール。なんだろ?」

メールは会社用のアドレスから発信されていた。メールなんてなんだか事務的でよそよそしい感じ。不倫してたときはプライベートのメッセージだったのに。もう他人になったんだなと思うと、ちょっぴり胸の奥がさみしい。

メールを開くと、文面はこうだった。

『雛子とのことが妻に知られた。ぼくはアダルトビデオに出ていた過去に悩んでいた部下の相談に乗っていただけだ。きみとは何もなかった。わかったね?』

二回読み返して、怒りがわきあがってきた。不倫相手がわたしを切り捨てて自分だけ逃げ切ろうとしているように感じられたからだ。

どういうことか問いただしたくて、衝動的に元上司に電話をかけた。相手はすぐに出た。

「雛子ですッ! わたし……」

聞き覚えのある声がわたしをさえぎった。ただし、上司の声ではなく、女だった。

『恥ずかしげもなく、よくもまあ連絡してこれたものですね、雛子さん』

トゲのある言い方。数週間前に『かわいらしくて気立てのよさそうな娘さんね』といってうれしそうに笑ってくれた女性と同じ人物の声とは信じられなかった。

「お、お義母さん……!? どうして……」

『あなたのような品行下劣でふしだらな女に、お義母さんなんて呼ばれる覚えはありません。あんな……、あんないかがわしいビデオに出て、だれかれ構わず肉体関係を持って。本当にいやらしい! 息子をだましてどうするつもりだったんですか。おまけに夫にまで手を出してたぶらかそうとしていましたよね。いったいどういう育ち方をしたのかしら。親の顔が見てみたいわ』

「わたし……、わたしは……」

『あなた、わたくしの夫とどうなろうというつもりだったの? 義理の父親になるかもしれない人を体で誘惑するなんて、ハレンチにもほどがあります』

何がなんだかわからず、頭がはたらかない。でも、言うべきことを言っておかなくてはならないのはわかった。

「部長とは何もありません。アダルトビデオに出演したことがあるわたしが、職場でいやがらせを受けて悩んでいたので、相談に乗ってくれただけです。部長はそういうお立場ですから。やましいことなんて何もないです。信じてください。それと……、ごめんなさい。わたし――」

『とにかく、わたくしたちの家族には二度と関わらないでください!』

通話は一方的に切られた。

呆然としたまま小春ちゃんの顔を見た。小春ちゃんは右手を伸ばしてわたしの手を握ると、いつも見せる月の光のようにかすかな笑顔で、

「ぜんぶ聞こえてたよ」

と、ささやいた。

「どういうわけだか、ぜんぶバレてたみたい。小春ちゃんの言ったとおり」

「彼氏の父親がひなちゃんのファンだったっていうのと、AV女優だったことが職場でバレたっていうのとの合せ技だったね。今回はついてなかっただけ。元気だして」

「どゆこと?」

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